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「お前、何者なのですか?」
ガチガチに拘束されて、地面に転がされた少年が、恐る恐る言った。
今すぐに危害を加えられることはないと判断したらしいが、この状況で自分から話を振るのだから、なかなかいい根性をしているらしい。
「ユウマ・トラン」
「いや、名前じゃなくて。セリン・ギルドの人間ですか? 人、ですよね? だけど、さっきオラクさんを。それに、この怪獣は。
あ、やめて。顔を近づけないで、食べないで。
何かさっきから、この怪獣と会話してたみたいですけど、話せるですか?」
「まあ。長い付き合いだからな」
「は、はあ……」
「俺は山の民なんだ。つい先日ここにやって来た」
というのは、もちろん、アーリィがユウマの世間知らずをごまかすために用意した、適当なバックグラウンドである。
山の民とは、レビア大陸に住みながら、三王国のいずれにも属さず、独自の文化を形成して隠れ暮らす、まつろわぬ民族だ。
その全てが山に暮らす民族というわけではなく、海に生きるものも平原に生きるものもいるが、そういう全て、三王国に属さない民を総称して、山の民と呼ぶのである。
魔族との大戦によって大陸の情報が寸断されている現状、そこに住む人類の全てを把握することなど誰にも不可能で、公になっていない民族は大陸各地に点在しているらしい。
ユウマが名乗るのに最適な出自といえた。
少年も、一応はそれで納得したようだった。
「お、お前のようなのが、いきなりセリン・ギルドに入ってただなんて。運が悪いです。どうやってこの場所を知ったですか?」
「人に聞いたんだ」
「人って、誰に。ここを知ってる人なんて……」
「それは内緒だ。ところでお前の方は何なんだ? 何だか目が光ってるみたいだけど。まるで四足の獣みたいだな」
「そんなの、獣神レビアの祝福を持ってるからですよ」
少年は当たり前のことのように言った。
「レビアの祝福。さっきの男もそんなこと言ってたな。冒険者協会でも聞いた。お前みたいな目をしたやつは、普通にいるのか。赤い瞳の魔導士といい、この国の人間は特徴が瞳に表れるのかな?」
そのとたん、彼はものすごく嫌そうな顔になった。
「べつに。僕は瞳にシルシがあるというだけです。あんな魔族もどきなんかと一緒にしないでほしいですよ。
……え、ど、どうして、この怪獣、急に怒ってるですか。ちょ、やめて、歯をむき出しにしないで! 怖い。怖いです! いや、食べないでください、ごめんなさいごめんなさい!」
ラに鼻で突かれるたび、悲鳴を上げる。
「ちょ、ちょっと、お前、話せるですよね? やめさせてください! 怖いです! どうして急に怒ったですか!」
「魔導士の友達がいるんだ。悪く言われて、怒ったんだろう」
少年は、ぎくりと動きを止めた。
これまでとはまるで毛色の違う戦慄の眼差しで、ユウマとラを見上げた。瞳の色を確認しているようだった。
「まさか、お前?」
「いや、俺たちは違うよ。目が赤くないだろ」
「わ、分からないです! 人の目を挿げ替えてるのかも!」
少年は絶妙に体をくねらせ、反動でぴょんと立ち上がった。
ぶるりと体をふるわせると、固く結ばれていたはずのロープが、いとも簡単にほどけ落ちた。
「おお。どうやったんだ?」
「うるさい! お前、人の領域に、一体何を!」
「急にいきり立って、どうしたの?」
「化け物、魔族もどきめ!」
少年は、ヒステリックな高い声でユウマを威嚇した。
突然の変貌である。これまで、おびえながらも、どうにか突破口を見つけようと強かに会話を繋げてきた彼が、恐怖にふるえるだけの小動物のようになっている。
ユウマとラは困惑し、顔を見合わせた。
「ユウマ様、ラ様」
上空から、通りのいい女の声がかかった。
深くフードをかぶったアーリィが、細く伸ばして作られた黒曜の櫂に座って、夜の空に浮かんでいた。
彼女は重さを忘れたように、ゆるやかに地上に降りてきた。
「申し訳ありません。お待たせしました」
「用事とやらは、終わったの?」
「つつがなく。じきにローズ様が、単独にてこちらに来られるでしょう」
「そう」
「こちらはどのように?」
アーリィは、立ちつくす少年を、フードの奥からちらりと確認したようだった。
少年がびくりと大きくふるえる。
「大体のやつは片づけといたよ。こいつはトリニア・ギルドの人間。何か情報を持ってるかと思って生かしてある」
「連れ去られた方々は、無事でしょうか?」
『全員、無事に生きている。さらわれる時に、何人か殴られて怪我をしたらしいが、大したことはないだろう。今は、閉じ込められていた場所にそのまま放置してある。解放して、あれやこれやを見られたら、面倒だろう?』
「ありがとうございます」
アーリィは、トリニア・ギルドの少年に向き直った。
「クシナ・ヒサメ様ですね?」
「だ、誰ですか、お前? 今、どこから」
アーリィは、懐の内から細かな細工の施された銀の短剣を取り出して、柄にはめ込まれたエメラルドの輝きを見せた。
同時にフードを取り、豊かな純白の毛髪を広げた。
真紅の瞳が、闇の中に浮いている。
その素性を一瞬で悟った少年は、あっと叫んで立ちつくした。
「ほ、本物?」
「はい。ですが、ご安心を。魔導士は私だけです。こちらのお方は違います。はばかりながらこの剣にかけて、私が保証いたします」
しかし、クシナというらしいその少年は、もはやユウマやラなど眼中にない様子で、顔面を蒼白にして、後ずさった。
「なんで、なんで、お前みたいなやつが。お、お前、銀剣でしょう。これは、ただの冒険者の勢力争いですよ。なんで銀剣なんかが、口をはさむですか!」
アーリィは首を振った。
「ここでとりつくろう必要は、ありませんよ」
「な、何がですか!」
「お聞きしたいのは、トリニア・ギルドの背後にいる神官についてです。この誘拐の絵図を描いたのは、どなたなのでしょう?」
「な、何を言ってるですか。背後? 神官?」
「イスリス・ローズ様を排除したがっている者が、東部神殿には多くおられるでしょう。今回トリニア・ギルドを使って、それを実行に移そうと試みた神官は、どなたでしょうか。ご教授願えませんか?」
クシナは大きく息を荒げ、首を何度も振った。
「お前、何を言ってるですか。そんなの私は知らないです。私はただ、ギルドの指示でここに来ただけで。それが神殿と繋がってるなんて……」
アーリィはラの方に視線をやった。
『嘘はないな。どうやら、この小僧はただ使われていただけのようだ』
「そうですか」
アーリィは、特に落胆も見せなかった。
「ユウマ様、トリニア・ギルドの人間は、彼女の他にもう一人、この場に来ているということでしたが?」
「ああ。そっちは殺して食べた」
「はい。……はい?」
「殺して右足の一部は食べた。残りは焼いて灰にした」
アーリィの視線が、ユウマの口の辺りをさまよった。
ほ、本当に?
助けを求めるように彼女はラを見た。
しかし、基本的にユウマと価値観を共有しているケダモノは、何ということもない顔をしていて、まるで役に立たない。
「あの、食べたというのは、何かの比喩表現なのでしょうか?」
「比喩? いや、普通に口でもぐもぐ食べたんだ」
「そう、そうですか……」
「うん」
「あ、もしや、それは、遺体をユウマ様が口にすることで、その者の魂を浄化する、儀式的な行為ということでは……?」
「何それ?」
どうにか好意的な解釈をつけようとする彼女の努力を、あっさりふいにして、お腹が空いていたから食べたのだと、ユウマは答えた。
雨の降らない、生き物もほとんどいない荒野で生きてきた彼にとって、死んだ人間の肉を栄養とすることは、生きるために必須の、ごく当たり前の習慣なのだった。
「しかし、こいつが何も知らないなら、生かしておく方を逆にするべきだったかな。ちょっと浅はかだったな。ごめん」
何と答えたものかと、アーリィはしばらくためらっているようだったが、やがてあきらめてしまったらしい。少し視線を下にして言った。
「いえ、おそらく両者ともに知らなかったのでしょう。それに、必ずしもここで情報を得ねばならなかったわけではありません。すでに、他の道筋も考えておりますから」
ちらりとユウマの顔色をうかがい、
「過分なお心遣い、ありがとうございます」
彼女の遠慮がちな性格のために、人肉食を禁忌とするこの国の文化を、ユウマたちが知るのは、まだもう少し先になりそうである。




