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4-10

「お前、何者なのですか?」


 ガチガチに拘束されて、地面に転がされた少年が、恐る恐る言った。

 今すぐに危害を加えられることはないと判断したらしいが、この状況で自分から話を振るのだから、なかなかいい根性をしているらしい。


「ユウマ・トラン」

「いや、名前じゃなくて。セリン・ギルドの人間ですか? 人、ですよね? だけど、さっきオラクさんを。それに、この怪獣は。

 あ、やめて。顔を近づけないで、食べないで。

 何かさっきから、この怪獣と会話してたみたいですけど、話せるですか?」

「まあ。長い付き合いだからな」

「は、はあ……」

「俺は山の民なんだ。つい先日ここにやって来た」


 というのは、もちろん、アーリィがユウマの世間知らずをごまかすために用意した、適当なバックグラウンドである。


 山の民とは、レビア大陸に住みながら、三王国のいずれにも属さず、独自の文化を形成して隠れ暮らす、まつろわぬ民族だ。

 その全てが山に暮らす民族というわけではなく、海に生きるものも平原に生きるものもいるが、そういう全て、三王国に属さない民を総称して、山の民と呼ぶのである。


 魔族との大戦によって大陸の情報が寸断されている現状、そこに住む人類の全てを把握することなど誰にも不可能で、公になっていない民族は大陸各地に点在しているらしい。


 ユウマが名乗るのに最適な出自といえた。


 少年も、一応はそれで納得したようだった。


「お、お前のようなのが、いきなりセリン・ギルドに入ってただなんて。運が悪いです。どうやってこの場所を知ったですか?」

「人に聞いたんだ」

「人って、誰に。ここを知ってる人なんて……」

「それは内緒だ。ところでお前の方は何なんだ? 何だか目が光ってるみたいだけど。まるで四足の獣みたいだな」

「そんなの、獣神レビアの祝福を持ってるからですよ」


 少年は当たり前のことのように言った。


「レビアの祝福。さっきの男もそんなこと言ってたな。冒険者協会でも聞いた。お前みたいな目をしたやつは、普通にいるのか。赤い瞳の魔導士といい、この国の人間は特徴が瞳に表れるのかな?」


 そのとたん、彼はものすごく嫌そうな顔になった。


「べつに。僕は瞳にシルシがあるというだけです。あんな魔族もどきなんかと一緒にしないでほしいですよ。

 ……え、ど、どうして、この怪獣、急に怒ってるですか。ちょ、やめて、歯をむき出しにしないで! 怖い。怖いです! いや、食べないでください、ごめんなさいごめんなさい!」


 ラに鼻で突かれるたび、悲鳴を上げる。


「ちょ、ちょっと、お前、話せるですよね? やめさせてください! 怖いです! どうして急に怒ったですか!」

「魔導士の友達がいるんだ。悪く言われて、怒ったんだろう」


 少年は、ぎくりと動きを止めた。

 これまでとはまるで毛色の違う戦慄の眼差しで、ユウマとラを見上げた。瞳の色を確認しているようだった。


「まさか、お前?」

「いや、俺たちは違うよ。目が赤くないだろ」

「わ、分からないです! 人の目を挿げ替えてるのかも!」


 少年は絶妙に体をくねらせ、反動でぴょんと立ち上がった。

 ぶるりと体をふるわせると、固く結ばれていたはずのロープが、いとも簡単にほどけ落ちた。


「おお。どうやったんだ?」

「うるさい! お前、人の領域に、一体何を!」

「急にいきり立って、どうしたの?」

「化け物、魔族もどきめ!」


 少年は、ヒステリックな高い声でユウマを威嚇した。

 突然の変貌である。これまで、おびえながらも、どうにか突破口を見つけようと強かに会話を繋げてきた彼が、恐怖にふるえるだけの小動物のようになっている。


 ユウマとラは困惑し、顔を見合わせた。


「ユウマ様、ラ様」


 上空から、通りのいい女の声がかかった。


 深くフードをかぶったアーリィが、細く伸ばして作られた黒曜の櫂に座って、夜の空に浮かんでいた。

 彼女は重さを忘れたように、ゆるやかに地上に降りてきた。


「申し訳ありません。お待たせしました」

「用事とやらは、終わったの?」

「つつがなく。じきにローズ様が、単独にてこちらに来られるでしょう」

「そう」

「こちらはどのように?」


 アーリィは、立ちつくす少年を、フードの奥からちらりと確認したようだった。

 少年がびくりと大きくふるえる。


「大体のやつは片づけといたよ。こいつはトリニア・ギルドの人間。何か情報を持ってるかと思って生かしてある」

「連れ去られた方々は、無事でしょうか?」

『全員、無事に生きている。さらわれる時に、何人か殴られて怪我をしたらしいが、大したことはないだろう。今は、閉じ込められていた場所にそのまま放置してある。解放して、あれやこれやを見られたら、面倒だろう?』

「ありがとうございます」


 アーリィは、トリニア・ギルドの少年に向き直った。


「クシナ・ヒサメ様ですね?」

「だ、誰ですか、お前? 今、どこから」


 アーリィは、懐の内から細かな細工の施された銀の短剣を取り出して、柄にはめ込まれたエメラルドの輝きを見せた。

 同時にフードを取り、豊かな純白の毛髪を広げた。

 真紅の瞳が、闇の中に浮いている。


 その素性を一瞬で悟った少年は、あっと叫んで立ちつくした。


「ほ、本物?」

「はい。ですが、ご安心を。魔導士は私だけです。こちらのお方は違います。はばかりながらこの剣にかけて、私が保証いたします」


 しかし、クシナというらしいその少年は、もはやユウマやラなど眼中にない様子で、顔面を蒼白にして、後ずさった。


「なんで、なんで、お前みたいなやつが。お、お前、銀剣でしょう。これは、ただの冒険者の勢力争いですよ。なんで銀剣なんかが、口をはさむですか!」


 アーリィは首を振った。


「ここでとりつくろう必要は、ありませんよ」

「な、何がですか!」

「お聞きしたいのは、トリニア・ギルドの背後にいる神官についてです。この誘拐の絵図を描いたのは、どなたなのでしょう?」

「な、何を言ってるですか。背後? 神官?」

「イスリス・ローズ様を排除したがっている者が、東部神殿には多くおられるでしょう。今回トリニア・ギルドを使って、それを実行に移そうと試みた神官は、どなたでしょうか。ご教授願えませんか?」


 クシナは大きく息を荒げ、首を何度も振った。


「お前、何を言ってるですか。そんなの私は知らないです。私はただ、ギルドの指示でここに来ただけで。それが神殿と繋がってるなんて……」


 アーリィはラの方に視線をやった。


『嘘はないな。どうやら、この小僧はただ使われていただけのようだ』

「そうですか」


 アーリィは、特に落胆も見せなかった。


「ユウマ様、トリニア・ギルドの人間は、彼女の他にもう一人、この場に来ているということでしたが?」

「ああ。そっちは殺して食べた」

「はい。……はい?」

「殺して右足の一部は食べた。残りは焼いて灰にした」


 アーリィの視線が、ユウマの口の辺りをさまよった。


 ほ、本当に?

 助けを求めるように彼女はラを見た。


 しかし、基本的にユウマと価値観を共有しているケダモノは、何ということもない顔をしていて、まるで役に立たない。


「あの、食べたというのは、何かの比喩表現なのでしょうか?」

「比喩? いや、普通に口でもぐもぐ食べたんだ」

「そう、そうですか……」

「うん」

「あ、もしや、それは、遺体をユウマ様が口にすることで、その者の魂を浄化する、儀式的な行為ということでは……?」

「何それ?」


 どうにか好意的な解釈をつけようとする彼女の努力を、あっさりふいにして、お腹が空いていたから食べたのだと、ユウマは答えた。

 雨の降らない、生き物もほとんどいない荒野で生きてきた彼にとって、死んだ人間の肉を栄養とすることは、生きるために必須の、ごく当たり前の習慣なのだった。


「しかし、こいつが何も知らないなら、生かしておく方を逆にするべきだったかな。ちょっと浅はかだったな。ごめん」


 何と答えたものかと、アーリィはしばらくためらっているようだったが、やがてあきらめてしまったらしい。少し視線を下にして言った。


「いえ、おそらく両者ともに知らなかったのでしょう。それに、必ずしもここで情報を得ねばならなかったわけではありません。すでに、他の道筋も考えておりますから」


 ちらりとユウマの顔色をうかがい、


「過分なお心遣い、ありがとうございます」


 彼女の遠慮がちな性格のために、人肉食を禁忌とするこの国の文化を、ユウマたちが知るのは、まだもう少し先になりそうである。

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