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その真意を、イスリスが知ったのは、すぐだった。
疲れた体を引きずりつつ、今度こそ帰宅した彼女は、年少のギルド員が十数人、行方知れずになっていることを知ったのだった。
「いつも日が落ちる前には戻るように、言ってるんですが、今日は。一人や二人ならよくあることなんですが、こんなに大勢なんて……」
セリン・ギルドでは、十四歳未満のギルド員や、病人、怪我人には仕事を振らず、ギルドの運営費で養うように定められているのだが、子供たちの中には、自ら進んで街に出て、小物を売ったり使い走りをしたりして、独自に小遣い稼ぎをする者もいた。
そんな中でも、体を動かすより頭を使うことを好む子供たちは、クズ寄せ場で、使えそうもない廃材を拾ってきては、それを組み合わせて適当な商品を作り、都市に出入りする行商人に売りつけて、金を稼ぎつつ顔を売るという、抜け目のない商売をしていた。
いなくなったのはその一団らしい。
「いなくなったのはいつ?」
「分かりません。今日は、授業が終わっていつも通りに、昼過ぎに皆で出かけたので、たぶんクズ寄せ場に行ったんじゃないかと思うんですが」
「今日、東側の警備をやってたのは?」
壁外都市の警備は、冒険者にあっせんされる代表的な公共業務の一つである。
今、その業務を請け負っているのは、百パーセント、セリン・ギルドだ。
「皆さんに話を聞きましたが、分からないって。クズ寄せ場は、警備区画内から少し距離もありますし……」
一体、何があった。なぜこんなことに。
疲労で石のようになった頭で必死に考える。
色んな可能性が浮かんで消えた。
怪我をして動けないでいる?
川に流された?
いや、そんなことなら、全員帰ってこないなんてあり得ない。
まさか、誰かに連れ去られたのか。そんな。だとすれば、彼らはもう?
不吉な予感を、必死になって振り払った。
あり得ない。身寄りのない彼らを、誰が何の得があってさらうんだ。
人売り?
そんなものがまだこの辺りにいるのか? ちくしょう。
「とりあえず、東側の警備に就いてた皆に、一度話を聞きたい。今どこに?」
「皆さん、帰宅されました」
イスリスは黙り込んだ。帰った? どうして?
「どうでもいいってのかよ」
自分でも驚くほど低い声が出た。それに気づいて、彼女は歯を食いしばった。
駄目だ。落ち着け。怒ってはいけない。
皆、自分の暮らしで精いっぱいなんだ。人は余裕がなければ、誰かを思いやることなんてできない。
分かっていたはずだ。
だから私は、この街に来たんじゃないか。この国のできるだけ多くの人に、余裕を持って生きてもらうために。
仕方ない。そうだ。そうなんだ……。
女ギルド員が、おびえたように、言った。
「あ、あ、でも、何人かの方はクズ寄せ場に。ミラルダ様も」
イスリスは、軽く息をついた。
「ごめん。そう、そうか、分かった。私もとりあえず行ってみるよ。何か手掛かりが残ってるかもしれない」
「お疲れなのに、すみません」
「そんなこと。大丈夫、まだまだ元気だよ」
イスリスはほほ笑みを作り、重い体を無理に動かして、外に出た。
しかし、彼女がクズ寄せ場に行くことはなかった。
外に飛び出したタイミングで、ちょうど客が来たのだ。
フレア・キリシス。都市の壁外南側で酒場を営む、セリン・ギルドとは何かと因縁深い女だった。
彼女は、いつになく固い表情をして、自分はメッセンジャーだと言った。
「メッセンジャーって? まさか、子供たちがいなくなったこと、君が関わってるんじゃないだろうな?」
それなら、この場で何をしてでも吐かせてやる。
気がささくれ立っていた。怒りを取りつくろう気にもなれず、イスリスは自分の短槍を引き寄せた。
「残念ながら、関わってたわ。……そんなに怖い顔をしなくても、洗いざらい話すわよ。そのためにここに来たんだから」
トリニア・ギルドが、全て仕組んだのだと、フレアはまず言った。
「いい加減なことを言うなよ? なぜ彼らがこんなことをする。彼らに、セリン・ギルドの子供をさらう理由なんてないだろう」
「本気で言ってるの?」
「……」
「理由はあなたよ。決まってるでしょう。この都市の中で、明らかにあなたは異物だわ。自分でも気づいているでしょうに」
イスリスは、とっさに反論することができなかった。
自分の存在の大きさは、彼女自身十分自覚している。
首都と強い繋がりを持ち、東部神殿の方針にとらわれず独自に動く、大ギルドの中心人物が、彼女である。
「あなたを目障りに思った東部神殿の誰かが、トリニア・ギルドに、あなたを懐柔して取り込むように言い渡していたというわけ。
私はその末端。セリン・ギルドの人間を堕落させ、金銭的にあなたを追いつめるのが、私の役目。
そして、追いつめられたあなたを助けて懐柔するのが、トリニア・ギルドの役目。
もっとも、この目論見はあまり効果がなかったようだけど。こちらのたくらみに、気づいていたの?」
「べつに何も気づいてない。ただ、トリニア・ギルドに何かあやしげな思惑があるんじゃないかとは、薄々感じていた。だけど、そんなことはどうでもいいんだ。私を懐柔したいなら、どうして子供たちを連れ去ったんだ。どこへやったんだ」
「子供たちは無事よ。明日には帰ってくるでしょう」
「どこにいるって聞いたんだ!」
イスリスは強く、机にこぶしを叩きつけた。
フレアはまるで動じなかった。
イスリスの固く握られたこぶしをじっと見つめるだけだ。それは、激高していたイスリスが思わずひるむほど、虚無的な眼差しだった。
「明日には必ず返ってくるわ。いきり立つのはやめて、話を聞きなさい。
トリニア・ギルドはあなたを取り込むのをあきらめ、排除する方向に転換したのよ。
先日あなた、冒険者を何人かセリン・ギルドから追い出したでしょう? 誘拐の実行犯は、彼らとその仲間。
予定では、明日の朝にあなたに身代金の要求が届くはずだった」
「君が彼らを煽ったのか」
「そう。そうして、子供の身柄引き渡しの現場で、あなたを殺害して、実行犯の冒険者も始末してやれば、全ては闇の中。
あなたは、身を持ちくずした冒険者と、相打ちになった間抜けということになり、ランセット市から異分子が消える。今回の計画はこんなところね。よく考えられたものでしょう?」
「だけど、そうはならなかった」
「私が裏切って、こうして暴露したからね」
「どうして?」
フレアは、不意に黙り込んだ。その目もとが激しく痙攣した。それは瞬く間に全身に伝播してゆき、彼女は胸を押さえてあえいだ。
おびえている。
イスリスは目を疑った。長い付き合いだが、彼女のそんな姿を見るのは初めてだった。
「トリニア・ギルドには義理があった。だから彼らに従ってきたけど、もう、二度と、あんな化け物の相手をするのは、ごめんだわ……」
化け物。その言葉からイスリスが連想するのは一人だ。
白髪の魔導士。銀剣の殺戮人形。
間違いない。彼女が手を回したのだ。
だから、フレアはここに来た。助けられたのだ。おそらくは、あの魔導士の思惑通りに。
その事実は、イスリスの心に苦いものを浮かべた。
あの魔導士は、誘拐の計画をあらかじめ察知していたのだ。知っていて、止めなかった。
なぜか。
決まっている。私を一度、窮地に落とすためだ。そしてそこから救い上げて、自らの有用性を強く認識させるつもりなのだ。
悔しかった。自分が駆け引きに優れているとは思わないが、それでも、いいようにやられてしまった苛立ちはぬぐえなかった。
子供たちの安否をまるで気にしない魔導士のやり方も、大いに気に入らなかった。
「アーリィ・アレンシャ。彼女か」
「あの魔導士には、感謝してるわ。私が、あの化け物の内側から逃れて、こうして外の世界で人の形をして生きていられるのは、彼女のおかげだから……」
どういうことかと、フレアを見つめたイスリスは、ふと気づいた。
部屋の暗い照明のせいで今まで気づかなかったが、
「君、少し面差しが変わった?」
「……」
「目もとが少し。それに、喉の辺りも何か、こう」
「やめて」
「え?」
「やめて」
決して揺らがない拒絶が、その三文字に込められていた。
フレアは息を荒げている。照明が彼女の顔貌に、濃い陰影をゆらゆら描き出した。
「君、一体……」
あの魔導士から、どんなむごい仕打ちを受けたんだ?
とはとても聞けなかった。
人一人をこうまで変えてしまう恐ろしさに、イスリスは言葉をなくした。
「子供たちは、ミクズ用水上流の廃墟の一画にいるわ。誘拐の実行犯が二十人ほど。それからトリニア・ギルドの人間が二人、そこにいる。
けど、そんなもの意味はないわ。あの化け物が救出に向かったのだから。アレは、人に止められるものじゃないわ。あなたが何もしなくても子供たちは帰ってくる」
「廃墟のどこに?」
「行くの? きっと意味がないわ」
「意味のあるなしで、やるべきことを決めたことはないよ」
フレアは、かすかに笑ったようだった。
彼女が常に浮かべる皮肉げな笑みではない、決して得られぬものをうらやむような、悲しげな笑みだった。
「あなたは、まるで正義の味方ね。
リンネ神の大いなる祝福を持って生まれて、ずっとそこで生きていればいいのに、こんな下々の世界に降りてきて、それでも輝きを失わず、恥ずかしげもなくきれいな夢を見続ける、馬鹿げたお人好し。
馬鹿げているくせに、それら全てを叶えてゆく大英雄。
私たちは、あなたのことが大嫌いよ」




