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イスリスは息を止め、目の前に座る白い魔導士を見つめた。
部屋に二人だ。
イスリスが到着すると、魔導士はまず、その場に残ろうとしていたセドゥ・ランテを、やんわり部屋から追い出した。
で、二人になって何をするのかと思えば、無言でじっとイスリスを見つめるだけなのだった。
無言のまま、かなりの時間が過ぎている。
イスリスは、世代的にも、魔導士に対する差別意識は低い方だが、それでもこうやって面と向かっていると、気力がぐんぐん奪われる。
人は、赤い瞳には本能的に恐怖と嫌悪を抱く。
それは、何百年もの被虐の歴史によって深く根を張った、克服しがたい感情だ。
魔族が地上に現れてから数百年もの間、人は彼らに戯れに狩られ、犯され、食われるためだけの存在だったのだ。
その恐怖と嫌悪は、あまねく人の魂に焼き付いている。
もちろん悪いのは魔族であって、魔導士ではない。
彼らは、人の手で勝手に生み出され、最も危険な戦場で散々に消費されたあげく、嫌悪され、恐怖され、大戦が終わると同時に、用済みとばかりに社会からすりつぶされつつある存在だ。
戦争が終わった今、人が、魔導士を見る機会などめったにあるものではないが、イスリスは何度か見かけたことがある。
彼らは、皆、恨みと憎しみと媚びと卑屈さと羨望と、その他あらゆる感情をまぜこぜにした直視しがたい眼差しで、人間を見た。
だが、目の前の女は全く違った。
彼女はただ、底のない赤い眼差しで、イスリスを見ている。
その平坦な視線は、それゆえに他のどんな魔導士の視線より、イスリスの心を波打たせた。
何か言わねばならない。
焦りに押し出されるように、彼女は一声を発した。
「あなたが、銀剣の」
「はい」
「噂は、かねがね、お聞きしています」
「恐縮です」
視線に劣らぬ平坦な返答だった。イスリスは、脇の下に汗をかいた。
「そ、それで、私に用があるとか。思い当たることはないのですが。人払いをして、二人の空間を作ってまで、一体どのような?」
「現在、首都から、使命を預かっておられますね?」
魔導士は、単刀直入だった。
使命。迷宮探索のことだろう。イスリスはうなずいた。
べつに彼女に隠すことではない。銀剣は王直属の部隊である。首都側とか東部側とか、そういう神殿の派閥争いとは無縁の存在だ。
「迷宮探索。協力者の選定に、難航しているとうかがいました」
「よくご存じですね。ですが、協力者を探すのは、とりあえずは中断しました。生半可な者を連れれば、犠牲となるだけでしょうし、そうそう都合のいい人材もいません。四日ほど前より単独での攻略にかかっています」
ユウマ・トランという新人冒険者に、すげなく協力を断られたのが、五日前だ。
落ち込みはしたが、いつまでも未練がましくしていられない。その翌日には心機一転、イスリスは一人で迷宮にもぐったのだった。
迷宮の中は、同じ指定危険区域でも、東部未開拓地とは何もかも勝手が違っていて、まずは暗くせまい迷宮の環境に体を慣らすので手いっぱいというところだったが、仕方ない。
初めての単独潜入で、大胆な探索ができるわけもない。
とにかく慎重に、少しずつでも迷宮を攻略していく必要がある。
そうすれば、後に続く者はきっと現れるはずだ。
「危険なことをされているのですね」
「危険を冒さず、得られるものなどないでしょう」
白い魔導士は、意味ありげな上目遣いで、イスリスを見やった。
「迷宮探索、私がお手伝いしましょうか」
それはあまりに意外な申し出であり、イスリスは一瞬思考を停止させられた。冗談を言っているのかと思ったが、もちろん魔導士はにこりともしない。
「どういうことでしょう。迷宮探索を命じられたんですか? 銀剣であるあなたが」
そんなことは、あり得ないはずだ。
銀剣は、王直属の、国内神殿組織の監査機関である。
神官や神殿騎士の不正を調査し、取り締まるのが、彼女らの仕事だ。
その実、裏では諜報や暗殺も行っているという真しやかな噂もあるが、それでも迷宮探索などとは、何の関係もないはずである。
はたして、銀剣の魔導士は首を振った。
「いえ、神殿の命ではなく、迷宮には個人的に用がありまして、そのためにはローズ様の近くにいる必要があるのです」
「用とは?」
魔導士は、無言で首を振った。
「なぜ私の近くに?」
「申し訳ありません」
「何も答えられないと? つまり、何をたくらんでいるかもしれないあなたを、何も聞かずに受け入れろということですか。そんな馬鹿な話はないでしょう」
「私は、使えますよ?」
イスリスは舌打ちしたくなった。
「そんなことを言ってるんじゃない。あなたが、戦闘者としても探索者としても、秀でた存在であることは、分かってるつもりです。だけどそれだけで、生死をともにする仲間を選ぶわけじゃないでしょう」
少し声を荒くしてしまった。せき払いをしてごまかす。
「とにかく助けは不要です。あなたの事情とやらについても、それが神殿の命ではなく、個人的なものだというなら、斟酌はできない」
きっぱり拒絶する。
一悶着あるかと思ったが、白い魔導士は食い下がらなかった。赤い瞳をまぶたで覆い隠して、一礼しただけだ。
思わせぶりに訪ねてきたにしては、拍子抜けするほどあっさりした引き際だった。




