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4-5

 アーリィが、冒険者協会の本部に足を踏み入れて、フードを取り去った瞬間、その赤い瞳と真っ白い毛髪を目にした者たちは、いっせいに息を止めた。


 腰を浮かせて悲鳴を上げる協会職員たち。

 敵意と恐怖を隠し切れず、思わず腰の武器に手をやる冒険者もいた。


 アーリィは、ちらっとその冒険者に視線をやって、彼の顔色を変えさせた後、何も言わずに正面の受付窓口に向かった。


「イスリス・ローズ様に、お会いしたいのですが」


 生贄に選ばれた受付の女は、とっさに周囲に視線で助けを求めた。

 しかし誰も目を合わそうとしない。


「近ごろ、日中はこちらにいらっしゃるとうかがいました。よろしければ、私の訪問をお伝えいただきたいのです」


 アーリィは、マントの内側から短剣を取り出した。

 細かな細工の施された銀の短剣だ。柄の先端にはエメラルドの輝きがある。


 翠色の宝玉は、リンネ神の証である。


 この短剣は、彼女が魔導士でありながら、リンネ神殿で、ある特別な地位につく存在であることを意味している。

 そしてそんな人物は一人しかいない。


 受付の女は、目の前に突然現れた魔導士が、考えていた通りの人物であることを知って、ほとんど半泣きになった。

 もしかしたら別人かもしれないと、自分に必死に言い聞かせていたところだったのである。


「白髪の魔導士……」

「銀剣。《赤錆》の……」


 聞き耳を立てるその他大勢が、目配せをしながらささやき合った。

 彼らの意識は、アーリィの一挙一動に注がれている。


 魔導士とは人に恐れられるものだが、彼女はその中でも特別なのだった。

 彼女の逸話は、国の誰もが知っている。




 五年前、平和と復興に進み始めていたイェルシェドで、反乱が起こった。


 反乱を起こしたのは、わずか数百人程度の暴徒だったが、とても軽くは見られなかった。

 その全てが魔導士だったのである。


 彼らは、国の最東端にて反旗をひるがえし、東部危険域に身をひそめつつ、ランセット市に集まった冒険者や上級神官を、次々に殺していった。


 当時、この地の《シルダットの毒迷宮》攻略こそ国是としていた神殿は、事態を重く見、二十の騎士と千の兵を送った。大戦力である。

 魔導士の力は確かに脅威だが、それでも多勢に無勢だ。反乱は早期に収まるものと思われていた。


 実際、魔導士たちは次々討ち取られ、一月もする頃には数十人にまで数を減らした。


 しかし、残った魔導士たちが迷宮に潜入し、身をひそめたことで、反乱は泥沼の消耗戦へと移った。


 迷宮の内部は、暗くせまく入り組んでおり、大軍が進撃するのに、これほど適さない地形もない。

 そのうえ相手は、大戦中、常に日の当たらないところで、血みどろになって戦い続けた魔導士たちである。


 迷宮の闇を味方につけて、彼らは国軍を散々に追い返した。

 国軍は、迷宮の入り口を包囲封鎖するだけで、有効な攻撃もできず、時間だけがすぎた。


 そうして半年が経過したころ、首都にいたとある上級神官から、子飼いの兵が援軍として送られてきた。

 援軍はたった一人。それも、わずか十歳の少女だった。

 特徴的な白い肌、白い髪をした、赤目の幼い魔導士。


 幼少のアーリィ・アレンシャだ。


 魔導士の反乱の鎮圧に、魔導士を送るという皮肉。

 そして、こんな少女に何ができるのかという不快感。


 二つの意味で眉をひそめる兵たちを尻目に、アーリィは何も言わず、ただ一人で迷宮に潜入し、三日後、何もなかったような顔で戻ってきた。

 泥と血にまみれていたが、彼女自身は傷一つ負っていなかった。


「終わりました」


 と、一言残して、幼い少女は帰っていった。


 何を馬鹿なと、確認に向かった兵は、恐怖と驚愕に立ちすくむこととなった。彼らが目にしたものは、原形を留めぬほどに破壊された魔導士たちの死体だった。


 それも、ただの死体ではない。

 あまりに無残に殺された彼らは、シルダットの瘴気に汚染され、理性なき異形の化け物となって、迷宮を徘徊していたのである。




 多少の脚色はあるだろうが、五年前に、十歳の少女であったアーリィが、同族であるはずの魔導士たちを何十人と、この上なく残虐に殺し、異形の化け物に堕としてみせたのは、事実である。

 彼らは今も迷宮をさまよっている。


 魔導士の反乱の再発を抑止するため、この話は広く喧伝され、彼女は今も国中から――特に同じ魔導士から、畏怖と嫌悪の象徴とされているのだった。




 そんな、この国の最も新しい伝説となった少女が、いきなり目の前に現れたのだ。

 皆、息を殺して状況をうかがった。


 硬直するフロアに、男が一人、二階から降りてきた。

 四十代半ばの長身の男。セドゥ・ランテ。冒険者協会の責任者だった。


 セドゥはアーリィの白い後ろ姿を目にして、思わずといった感じに顔をしかめたが、それはすぐさま貼りついた笑みに取って代わった。


「これは、銀剣の殺戮人形ではないですか。何の用で来られたのか。監査が入るとは聞いてませんでしたが?」


 いかにも歓迎していないというのが丸分かりの、慇懃な問いかけだったが、アーリィは気にした様子もなく頭を下げた。


「突然の訪問になり、騒がせてしまったことは謝罪いたします。本日は、協会に直接の用があるわけではありません。こちらで、冒険者として名をはせるイスリス・ローズ様に、火急の用があり、参りました」

「ほお、彼女に。それは、どんな?」


 アーリィは答えなかった。目を伏せたままじっとしている。

 セドゥは笑顔のまま器用に舌打ちした。気に入らないのである。しかし立場上、彼に銀剣の要請を断ることはできない。


「いいでしょう。しかし間の悪い。ついさっきまで、彼女はここにいたんですが。まあ、火急の用というのが何であれ、銀剣の召喚とあれば、すぐに呼び戻さねばなりませんね。二階でお待ちくださいますか?」

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