4-2
「もう一度聞くぜ。話を聞いた以上、協力してもらう。異論はねえな?」
「だから無理だって」
男は、乱暴につばを吐き捨てた。
「余裕こきやがって。殺されはしないってか? 甘いんだよ」
懐からナイフを取り出そうとした男の顔面をわしづかみにして、ユウマはそのまま首をへし折った。同時に左手は肋骨を粉砕して心臓を貫いている。
男は声も出さず、自分が死んだことにも気づかず、静かに息絶えた。
手を離すと、死体がべちゃっと地面に崩れ落ちた。
ユウマは振り返った。
二人の男はナイフを取り出した格好のまま、何が起きたのか分かってない様子で、ぼやっと突っ立っている。
「お前ら、こいつの仲間だよな?」
男たちは、倒れ伏した死体とユウマを交互に三度ほど見た。片方の男が瞬間的に顔をこわばらせて、大きく息を吸い込んだ。
人殺し!
と、叫びかけた瞬間、その喉もとに手刀が突き刺さり、そのまま首の骨をぶち破って後ろに抜けた。
男の悲鳴は、わずかも外にはもれなかった。
声の代わりに、どす黒い血をとめどなく吐き出して、男は白目をむき、びくびくと体をふるわせ、倒れ伏した。
残った一人が、尻もちをついた。
呆然としている。
ついさっきまで一緒にいた仲間が、今は物言わぬ死体になっている。男はガタガタふるえ始めた。足もとに流れてきた血を恐れるように、後ずさった。
死体を見つめていた男の視線が、ユウマの方に流れた。
見つめ合う。
男は、涙を流しながら命乞いを始めた。
頼む。死にたくない。俺は頼まれて来ただけだ。本当は嫌だった。あんたをどうこうするつもりもなかった。死にたくない。
「そんなこと言われても」
「いやだ。助けて、助けてください」
ユウマは困った。これまでずいぶん長いこと、殺し殺されの生活を送ってきたが、命乞いをされたのは、これが初めてだった。
ユウマの中の常識では、こういう場合に相手を殺さず放置するというのは、最悪の侮辱行為に当たる。
お前など眼中にない。お前がこの先どれだけ生きようと、決して俺の障害になることはないのだ、という意思表示に他ならないからだ。
そんなことは、なるべくしたくない。
しかし、相手にそれを請われた場合は、どうすればいいのか。
難しい問題だ。ユウマは熟考した。
自分ならこういう時、どうされたいだろう。どうされるのが嫌だろう。
相手の立場に立って考える。考えるまでもなく、放置されるのが一番傷つくだろうな、という結論が出た。
しかしこいつは俺じゃない。
この国には戦わない者もいるのだ。そういう人間は、殺されず見逃されても、屈辱ではないのかもしれない。だから命乞いをする。
しかしあの瞬間、この男は明らかに俺に害意を持っていたはずで、つまりは戦う人間だった。
ここで始末をつけてやらなければ、あの時のこいつのひたむきな思いは、どうなるんだ?
殺してやった方がいいのか。それとも放っておくべきなのか。
いくら考えても答えが出ないので、仕方ない。ユウマは、その辺に落ちていた棒切れを拾い上げて、地面に線を引いた。線上に棒を立て、手を離す。
一瞬の停滞の後、棒はユウマの方に向かって傾いて倒れた。
手際よく三人の皮を剥ぎ、骨も抜き取ったところで、彼らの肉体には何の力も宿ってないのだということを思い出して、ユウマは落ち込んだ。
つい、いつもの癖だった。
まあ、収穫したものは仕方ない。
せっかくなので、記念に骨と皮を少しずつ持って帰ることにする。
あとは、肉のかたまりをいくらかあぶって空腹を満たした。
残りの不要な大部分は放置するつもりだったが、屍人のことを思い出したので、灰にしてうんこ溜まりに流しておいた。
この国の人間が見れば発狂ものの、猟奇的かつ冒涜的行為を、ささっと手早くすませ、ユウマは現場を去った。
腹もふくれて、本人は満足している。
良いことは続くもので、宿に戻ると、アーリィが帰還していた。
彼女はラを膝に乗せ、上等そうなブラシで丁寧に灰の毛並みを整えていた。ラはだらしなくどろっと寝そべり、うなうな言っている。
「楽しそうだな」
ラは一気に夢心地から覚め、ぴょんと跳び上がった。
『くっさ! お前、くっさ! くっっっさ! なんて匂いをつけてくるんだよこの馬鹿! 落とせ。落として帰ってこいよ!』
さすがのアーリィも、鼻を押さえて苦しげだ。
外套を着こんでフードをかぶり、そのうえで窓を大きく開け放った。風が通り、匂いが拡散していく。しかし元が元なので、室内の悪臭はほとんど薄れなかった。
「くさいかな? 俺はもう何も感じないんだけど」
『くさいどころの話じゃない! 最悪だ。死んでしまえ、馬鹿!』
「そこまで言うことないだろ……」
さすがに傷ついて、ユウマはしゅんとうなだれた。
大きな炎を用意して中に入り、燃え盛る中でしばらくじっとすることにする。体表面についた有害物質を燃やしてしまえば、悪臭は消えるはずだ。
水浴びならぬ炎浴びである。
アーリィが、フードの奥から愕然たる視線を向けている。
「協会で業務を受けられたのですか? それも、どうして、このような」
「お金が無くなったんだよ」
「え、そんな」
「お前に渡されたのは、使い切っちゃったんだ」
彼女はしばらく沈黙して、ユウマの言葉を咀嚼しているようだったが、やがてそっとラの方をうかがった。
『わずか二日でな。こいつ、馬鹿なんだ』
「あの結晶、全てですか?」
『計画性というものが、初めから存在しない男なんだ』
「……」
『お前からも、ちょっと文句を言ってやれ』
「いえ、そのような。むしろユウマ様には、ご迷惑をおかけしました。あの程度の額しか用意しなかった、私の不明でした」
ラが、頭痛をこらえるように頭を抱えた。
『お前なあ……。あまりこいつを甘やかすなって言ってるだろ』
「そんな、恐れ多い。甘やかすなど」
『口答えするな』
「しかし……いえ、はい。申し訳ございません」
あちらを立てればこちらが立たず。アーリィは身を縮めて、恐縮している。




