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激臭騒動がようやく落ち着いた頃合い、アーリィは、彼女の持つ背嚢からひと振りの短剣を取り出して、それをユウマに差し出した。
「これが、遺跡で失われた短剣の代わりになるかは分かりませんが、せめてもの品です。よろしければ、お使いください」
ユウマはちょっと面食らった。
人から武器を贈られるのは、これが初めてだった。
クドの民にとって武器の類は、自ら殺し、あつらえるものだ。人から与えられるのは、そうする力がないと言われているのに等しい。
しかしここはクドではない。
アーリィにそういう意図がないのも明らかだ。
ユウマはためらいつつ、差し出された短剣を受け取った。
手に取ると、それはクドの骨剣よりもずしりと重量があった。
抜いてみる。鋼の短剣。骨剣とは違って鈍い光沢があり、剣身にのぞき込む者の姿を映している。片刃で、わずかに反りがあった。かなり肉厚の剣だ。
「これは、投げて使う物じゃないな。肉をそぎ落としたり、骨を断ち切ったり、色々と使えるけど、手に持って使う剣だ。あの短剣の代わりにはならないな」
アーリィは、かすかに視線を下げた。
「私には刃物の知識がないので、なるべく用途の多い物をと言って、見つくろってもらった品なのですが」
「うん。そんな感じの剣だ」
「すみません。ご不要でしたら、どうか捨ててください……」
要不要の話をすれば、もちろん不要である。
造りのしっかりしたいい剣だが、何の力も宿らないただの鋼の剣にすぎない。ユウマの手足は、鋼などよりよほど頑丈でするどいし、劣化しないので手入れもいらない。
しかしそんなことは関係なく、ユウマはこの剣が気に入った。
鋼を見るのは初めてだが、武骨なその輝きは、彼の好みに合った。捨てるなどとんでもない。
「いや、うれしいよ。使わせてもらう」
アーリィはそっと目線を上げて、言葉通り満足そうに笑っているユウマを見つめて、何やら口もとをむずむずさせ、小さく目礼した。
実際、ユウマはわくわくしている。
新しい短剣の使い心地を試したくて仕方ない。
剥いで来たばかりの人間の皮を、懐からべろりと取り出した。せっかくなので、これで何か作ってほしいものがあるかと、アーリィに聞いてみた。
「……」
彼女は何も答えない。
先ほどまでとはまた少し違った無表情で、ユウマの取り出した三枚の皮を凝視していた。その皮は明らかに、人間のものである。
ラが、不機嫌そうな低い声で言った。
『まだ何か匂うと思ったら、ユウマ、とうとうやったな。この国では軽率に殺すなって、あれほど言っておいたのに!』
「仕方なかった。行き掛かり上、そうなったんだ」
ユウマは簡単に事情を説明した。
「いくらなんでも、襲いかかってきたやつまで殺しちゃいけないってことは、ないんじゃないか?」
切り返されると、とたんにラは返答に詰まった。
しょせんはケダモノ、殺しは駄目、略奪も駄目と、散々偉そうに、ユウマにイェルシェドの常識を説いてきたが、書から得た付け焼刃の知識でしかない。それがなぜいけないかなど理解しておらず、微妙な判断ができるはずもない。
どうすることもできず、二人はアーリィにうかがいを立てた。
が、彼女は答えない。
床に投げ出された真新しい三人分の人皮をじっと見つめている。
再度呼びかけられて、ようやく我に返ったようだった。
『どうした。大丈夫か?』
「いえ、はい。問題ありません。……それで、何の話でしたでしょうか?」
ラは、やや心配そうにしつつ、
『こいつらのことさ。殺して問題なかったか?』
「あ、はい……それは、そうですね、よいということはないでしょうが、どうやら彼らは、無頼の冒険者のようですから、問題になることはないと思います。……ところでユウマ様、一つお尋ねしたいことがあるのですが」
「ん?」
「この三名の、これを持ち帰ったのは、何ゆえでしょう? ユウマ様にとって、これは通常のことなのでしょうか?」
「いや、間違えてつい剥いじゃったんだ」
「……」
「駄目だった?」
「いえ、駄目といいますか……間違えて、つい人の皮を剥いでしまうというのが、その、少々理解の範疇を超えたもので。一体、どうしたものでしょうか……」
アーリィは、途方に暮れているようだった。
彼女がここまで困惑しているのを、ユウマは初めて見た。何となく得をした気持ちになった。
『どうでもいいだろ、そんなこと』
ラが、忌々しげに言った。
『この皮の使いみちについては、また後で話してくれ。今は考えることがある。こいつらの仲間から報復を受けるかもしれない。いや、いきなり報復とはならないまでも、周りが騒がしくなるのは、十分あり得る。そうなったら面倒だぞ』
「べつに、面倒でもないだろう」
身の回りが騒がしくなっても、ユウマもラも全く構わないし、報復が来るなら、それはそれで都合がよろしい。食糧難が一気に解決である。
「保存用の塩を、用意しておこうかな?」
ラは大きくため息をついて黙り込んだ。自分だけピリピリしているのが、馬鹿らしくなったらしかった。
「誘拐の計画については、どうされますか?」
アーリィが、当然の疑問を口にする。
しかし返されるのは、もちろん当然の答えではない。
「どうもしないよ。三人殺しておいて今さら仲間になりたいっていうのは、無理があるだろうし、そもそも当日は予定があるしな」
どうしてそこで、誘拐犯側に立った返答になるのか。というようなことは、ほんのわずかも表に出さず、アーリィは静かに言った。
「では、私はこれを防ごうと思いますが、よろしいでしょうか?」
ユウマは首を傾げた。
「お前、セリン・ギルドの人間だったのか?」
「いえ、ですが少し事情がありまして、常々イスリス・ローズ様とは友誼を結びたいと考えておりました。これを、よいきっかけにできることでしょう」
ユウマは胡乱な目になって、アーリィを見やった。
イスリス・ローズという女は、ミラ神の敵になることを望んだ危険な存在だ。そして稀代の変態でもある。
好んで友好を持とうという事情が何なのか、いまいち理解できない。
「事情って?」
どうしてか、アーリィはそっと視線をそらした。
「申し訳ありません。それは、申し上げられません」
「そうなの?」
『面倒そうだな。手を貸してやろうか?』
やっぱり心配そうにするラに、アーリィは小さく首を振った。
「お二人の手をわずらわすことではありません。これは義心でなく、私の個人的な思惑によるものです。どうか、お気になさらず」
「そうか。分かった」
本人がそう言うなら、気にしないで放っておこうというスタンスのユウマとは違い、お節介焼きのラは、苛立たしげに言った。
『アーリィ、これも前に言ったことだぞ。いちいちくだらない遠慮をするな。お前、しばらく出ずっぱりで、疲れているんだろう?』
「いえ、この程度なら支障ありません」
『うるさい。ユウマといいお前といい、たまには素直に私の言うことを聞け。第一、私はべつにお前のために手伝うと言っているわけじゃないんだ。私たちは暇なんだ。時間つぶしになると思ったんだ。だから手伝ってやるだけだ』
「俺は暇じゃないよ。明日もうんこ集めがあるから」
ユウマは、全く空気の読めてないことを言う。ラは無視した。
『アーリィ、いいな?』
アーリィは、床で伸びる人間の残骸にちらっと視線をやって、眉間の辺りにかすかな不安をにじませつつ、ありがとうございますと、小さく言った。




