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4-3

 激臭騒動がようやく落ち着いた頃合い、アーリィは、彼女の持つ背嚢からひと振りの短剣を取り出して、それをユウマに差し出した。


「これが、遺跡で失われた短剣の代わりになるかは分かりませんが、せめてもの品です。よろしければ、お使いください」


 ユウマはちょっと面食らった。

 人から武器を贈られるのは、これが初めてだった。


 クドの民にとって武器の類は、自ら殺し、あつらえるものだ。人から与えられるのは、そうする力がないと言われているのに等しい。

 しかしここはクドではない。

 アーリィにそういう意図がないのも明らかだ。


 ユウマはためらいつつ、差し出された短剣を受け取った。


 手に取ると、それはクドの骨剣よりもずしりと重量があった。

 抜いてみる。鋼の短剣。骨剣とは違って鈍い光沢があり、剣身にのぞき込む者の姿を映している。片刃で、わずかに反りがあった。かなり肉厚の剣だ。


「これは、投げて使う物じゃないな。肉をそぎ落としたり、骨を断ち切ったり、色々と使えるけど、手に持って使う剣だ。あの短剣の代わりにはならないな」


 アーリィは、かすかに視線を下げた。


「私には刃物の知識がないので、なるべく用途の多い物をと言って、見つくろってもらった品なのですが」

「うん。そんな感じの剣だ」

「すみません。ご不要でしたら、どうか捨ててください……」


 要不要の話をすれば、もちろん不要である。

 造りのしっかりしたいい剣だが、何の力も宿らないただの鋼の剣にすぎない。ユウマの手足は、鋼などよりよほど頑丈でするどいし、劣化しないので手入れもいらない。


 しかしそんなことは関係なく、ユウマはこの剣が気に入った。

 鋼を見るのは初めてだが、武骨なその輝きは、彼の好みに合った。捨てるなどとんでもない。


「いや、うれしいよ。使わせてもらう」


 アーリィはそっと目線を上げて、言葉通り満足そうに笑っているユウマを見つめて、何やら口もとをむずむずさせ、小さく目礼した。


 実際、ユウマはわくわくしている。

 新しい短剣の使い心地を試したくて仕方ない。


 剥いで来たばかりの人間の皮を、懐からべろりと取り出した。せっかくなので、これで何か作ってほしいものがあるかと、アーリィに聞いてみた。


「……」


 彼女は何も答えない。

 先ほどまでとはまた少し違った無表情で、ユウマの取り出した三枚の皮を凝視していた。その皮は明らかに、人間のものである。


 ラが、不機嫌そうな低い声で言った。


『まだ何か匂うと思ったら、ユウマ、とうとうやったな。この国では軽率に殺すなって、あれほど言っておいたのに!』

「仕方なかった。行き掛かり上、そうなったんだ」


 ユウマは簡単に事情を説明した。


「いくらなんでも、襲いかかってきたやつまで殺しちゃいけないってことは、ないんじゃないか?」


 切り返されると、とたんにラは返答に詰まった。

 しょせんはケダモノ、殺しは駄目、略奪も駄目と、散々偉そうに、ユウマにイェルシェドの常識を説いてきたが、書から得た付け焼刃の知識でしかない。それがなぜいけないかなど理解しておらず、微妙な判断ができるはずもない。


 どうすることもできず、二人はアーリィにうかがいを立てた。


 が、彼女は答えない。

 床に投げ出された真新しい三人分の人皮をじっと見つめている。


 再度呼びかけられて、ようやく我に返ったようだった。


『どうした。大丈夫か?』

「いえ、はい。問題ありません。……それで、何の話でしたでしょうか?」


 ラは、やや心配そうにしつつ、


『こいつらのことさ。殺して問題なかったか?』

「あ、はい……それは、そうですね、よいということはないでしょうが、どうやら彼らは、無頼の冒険者のようですから、問題になることはないと思います。……ところでユウマ様、一つお尋ねしたいことがあるのですが」

「ん?」

「この三名の、これを持ち帰ったのは、何ゆえでしょう? ユウマ様にとって、これは通常のことなのでしょうか?」

「いや、間違えてつい剥いじゃったんだ」

「……」

「駄目だった?」

「いえ、駄目といいますか……間違えて、つい人の皮を剥いでしまうというのが、その、少々理解の範疇を超えたもので。一体、どうしたものでしょうか……」


 アーリィは、途方に暮れているようだった。

 彼女がここまで困惑しているのを、ユウマは初めて見た。何となく得をした気持ちになった。


『どうでもいいだろ、そんなこと』


 ラが、忌々しげに言った。


『この皮の使いみちについては、また後で話してくれ。今は考えることがある。こいつらの仲間から報復を受けるかもしれない。いや、いきなり報復とはならないまでも、周りが騒がしくなるのは、十分あり得る。そうなったら面倒だぞ』

「べつに、面倒でもないだろう」


 身の回りが騒がしくなっても、ユウマもラも全く構わないし、報復が来るなら、それはそれで都合がよろしい。食糧難が一気に解決である。


「保存用の塩を、用意しておこうかな?」


 ラは大きくため息をついて黙り込んだ。自分だけピリピリしているのが、馬鹿らしくなったらしかった。


「誘拐の計画については、どうされますか?」


 アーリィが、当然の疑問を口にする。

 しかし返されるのは、もちろん当然の答えではない。


「どうもしないよ。三人殺しておいて今さら仲間になりたいっていうのは、無理があるだろうし、そもそも当日は予定があるしな」


 どうしてそこで、誘拐犯側に立った返答になるのか。というようなことは、ほんのわずかも表に出さず、アーリィは静かに言った。


「では、私はこれを防ごうと思いますが、よろしいでしょうか?」


 ユウマは首を傾げた。


「お前、セリン・ギルドの人間だったのか?」

「いえ、ですが少し事情がありまして、常々イスリス・ローズ様とは友誼を結びたいと考えておりました。これを、よいきっかけにできることでしょう」


 ユウマは胡乱な目になって、アーリィを見やった。

 イスリス・ローズという女は、ミラ神の敵になることを望んだ危険な存在だ。そして稀代の変態でもある。

 好んで友好を持とうという事情が何なのか、いまいち理解できない。


「事情って?」


 どうしてか、アーリィはそっと視線をそらした。


「申し訳ありません。それは、申し上げられません」

「そうなの?」

『面倒そうだな。手を貸してやろうか?』


 やっぱり心配そうにするラに、アーリィは小さく首を振った。


「お二人の手をわずらわすことではありません。これは義心でなく、私の個人的な思惑によるものです。どうか、お気になさらず」

「そうか。分かった」


 本人がそう言うなら、気にしないで放っておこうというスタンスのユウマとは違い、お節介焼きのラは、苛立たしげに言った。


『アーリィ、これも前に言ったことだぞ。いちいちくだらない遠慮をするな。お前、しばらく出ずっぱりで、疲れているんだろう?』

「いえ、この程度なら支障ありません」

『うるさい。ユウマといいお前といい、たまには素直に私の言うことを聞け。第一、私はべつにお前のために手伝うと言っているわけじゃないんだ。私たちは暇なんだ。時間つぶしになると思ったんだ。だから手伝ってやるだけだ』

「俺は暇じゃないよ。明日もうんこ集めがあるから」


 ユウマは、全く空気の読めてないことを言う。ラは無視した。


『アーリィ、いいな?』


 アーリィは、床で伸びる人間の残骸にちらっと視線をやって、眉間の辺りにかすかな不安をにじませつつ、ありがとうございますと、小さく言った。

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