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3-9

 壁外都市の目抜き通りは、石畳こそ敷かれてないものの、むしろ壁内通りより広く、活気がある。

 通り沿いにはすき間なく木造の家が立ち並び、せり出した軒下を利用して、いくつもの露店が構えられている。食べ物屋が多かった。


 ランセット市には、国中から人が集まっている。

 そしてそういう人が暮らすのは、壁内ではなく壁外だ。色んな種類の人が、ここにはいる。その需要を満たすよう、食べ物の種類もかなり豊富なのだった。


 目移りしているユウマを見て、イスリスはくすりと笑い、一際いい匂いをさせているものを買い与えた。

 チグサという。イェルシェド南部でよく食べられているものらしい。

 薄く切った肉で根菜を巻き、全体に甘辛いタレをしみ込ませて、あぶったものである。味が濃く、よだれが垂れるほどうまかった。


 彼女の家は、壁外の町のさらに西の端にあった。

 手作り感あふれる街並みの中で、それだけ巨大な二階建ての木造建物だった。


 玄関口には、剣と鍬と麦の穂が交差した紋章旗がはためいている。その下には、ユウマには読めないが、『セリン・ギルド』と記されていた。


「ようこそ、我が家へ」


 中はひっそりしていた。

 受付にいた十一、二歳と思われる子供が立ち上がって、イスリスに敬礼し、続けて入ってきたユウマを見て、不審げにした。


「お客様だよ。応接室は空いてるかな?」

「はい、大丈夫です」


 子供は顔を赤くして答える。イスリスを見る眼差しには、はっきりと分かりやすい思慕の色があった。


 人気のない通路を歩いていく。

 遠くでかすかに話し声が聞こえた。大人の声、そして大勢の子供の声。

 耳をすますユウマに、イスリスが言った。


「ギルド員の中でも、まだ仕事を預けられない年若い子供たちには、ここで、生きていくための術を教えたりしてるんだよ」

「かなりの数がいるみたいだな」

「いいや、ほんの一部だよ。行き場のない子供は、国中に山のようにいる。山のようにいるうちの一部だけだ、ここに置いておけるのは」

「ふーん」

「分かってるよ。全てを救おうなんて、傲慢な考えだ」


 イスリスは、苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。傲慢でも何でも、それをあきらめるつもりはないのだと、言わんばかりだった。


「何だか、大変そうだな」

「まあね。けど、やりがいはあるよ。人を生かすことを生業にできる私は、幸せだ。人を殺すことを生業にするよりも、ずっと」

「そういうものか」

「そういうものさ」


 通されたのは、シンプルで飾り気のない部屋だった。


「飲み物はいる?」

「いや、いい。それより話というのを聞かせてくれ」


 イスリスはうなずいて、ユウマの向かいに腰を下ろした。

 少し緊張しているらしい。動きがぎこちなかった。


「私の素性については、聞いてるかい?」


 ユウマが聞いてないと言うと、イスリスは苦笑したようだった。


「君は、ことごとくこちらの想定を外してくれる人だな。肩ひじ張ってた自分が、馬鹿みたいに思えてくるよ」


 彼女は、自分で言うのは恥ずかしいんだけど、と前置きして、


「私は、この国では何というか、割と有名な人間なんだ。実家が、王にそこそこ重用されてる家でね。私はそこの、まあ、不肖の娘というやつだ。二年前、家出同然に出奔して以来、音信不通になってたんだけどね」


 そして、どこか自嘲めいた笑みを浮かべた。


「それが、つい先日、初めて手紙が届いたんだ。内容は『迷宮探索の火を消させるな』というものだった。実家から送られてきたものだけど、内実は中央神殿、つまりこれは、この国の首都の意向ということで間違いない」


 彼女は、ここでさらに声をひそめた。


「先日、神殿が、国土拡張の手段を、迷宮探索から東部の開拓に方針転換してるって話をしただろう? 実はそれは、東部域の考えであって、首都の考えは違うんだ。

 当然だ。迷宮探索と違って東部開拓は、この地にしか利益をもたらさない。むしろその他の地域からは、人や物がどんどん流出していくことになるからね」

「はあ」

「そうはさせまいと、首都側が打った手の一つが、私ってわけさ。自分で言うのは恥ずかしいけど、私は、冒険者にかなりの影響力を持ってるから、その力を利用したいんだろう。首都と東部の政争というやつだよ」

「はあ」

「その駒になるのは、まあ構わない。迷宮の制覇は私の夢でもある。それに、資金援助も約束させた。セリン・ギルドの運営は、ずいぶん楽になるだろう。より多くの子を受け入れられるようになる。

 そこから次世代の迷宮探索者が生まれれば、首都側の思惑通り、迷宮探索の火は大きく広がっていくだろう。互いの利になる」

「はあ」

「けど、そういった全ても、私が事を起こさないことには始まらない。

 ところが、これが大変でね。何しろ仲間がいない。今、協会に登録してる力ある冒険者は、東部探索に夢中で、迷宮には見向きもしない。

 私が声をかければ、聞いてくれる人もそれなりにいるだろう。首都もそれを期待してるんだろうけど、それはできない。東部の探索も大切な仕事なんだ。進められて困るのは、首都のお偉いさんであって、この国に生きてる人じゃないからね。

 それに、今セリン・ギルドが受けている仕事の六割は、東部の農地開拓だ。東部の危険を排除してくれる冒険者がいるおかげで、私たちは仕事にありつける。その邪魔をできるわけがない。

 今いる冒険者とは別の戦力を、探さなきゃいけない」


 そこまで一気に吐き出して、彼女は一息ついた。


「ここしばらく、協会本部で張ってたんだ。十分な力を持ち、それでいて手の空いている冒険者を見つけるために。

 当たり前だけど、なかなか見つからなかったよ。そんな都合のいい人はいないかもしれない。あきらめて一人で迷宮にもぐろうかって思い始めていた。君を見つけたのは、ちょうどそんな時だ」


 話はそれで終わりのようだった。

 イスリスは、何やら期待を込めた眼差しで、ユウマを見つめている。


「お前の事情は、把握した」


 もちろんユウマは把握してない。

 政治のセも知らない彼に、理解できる話ではなかった。


 ユウマに分かったのは、イスリスには迷宮探索をしなければならない理由があって、そのための仲間として自分は求められているということだけだ。


 そして、それさえ分かれば問題ない。

 残念ながらユウマは、初めから彼女のどんな求めにも応じるつもりはないのだった。


 人の身で、ミラに挑むと言ってのけた(言ってないけど)勇者の道行きに、ミラの子である自分が手を貸すというのは、道理が通らないだろう。

 と、ユウマは考えている。ここへは、敵情視察に来たのである。


 かわいそうに、イスリス・ローズは、ユウマの脳内で勝手に、炎神ミラに立ち向かう勇者ということになって、いつの間にか神敵候補に認定されているのだった。

 いざという時には、この女を確実に叩きつぶせるように、注意して見ておこうと、ユウマは心に決めている。

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