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その後、イスリスとオラクと協会職員たちで、何やらややこしい話を始めたので、ユウマはその場を抜け出した。
お金を得る道が立った以上、もうここに用はない。部屋に戻り、寝台に敷いてある布をしがんで、空腹をまぎらわせたい。
宿に歩を進める。それを追いかけてくる足音が一つ。イスリスだった。
「待って。待って、ユウマ」
ユウマは仕方なしに足を止めた。
「さっきはごめん。本当にごめん。気を悪くさせちゃって」
「べつに悪くしてないよ」
「私たちのややこしい関係に巻き込んじゃって、すまなかった。君には、ものすごく……失礼なことも言ってしまって。本当にごめん。
オラクさんのギルドには、今まで世話になってきたこともあって、できる限りいい関係を築こうとしてたんだけど、そのせいで君に迷惑をかけてしまったみたいだ」
「あの男が言ってたのは、たぶんケイゴのことだろう」
ユウマは、オラクににらまれている間、一体彼が何を怒っているのか、ずっと考えていたのである。
出した結論がそれだった。
「この地では、何か持って回った話し方をしないといけない場合があるって聞いた。俺がいたところでは、そういう習慣はなかったんだが、そのせいで人に嫌な思いをさせるなら、早めに身に着けた方がいいかもしれない」
こういうところは、無駄にまじめで真摯な男である。
イスリスはほっとしたように、ユウマを見つめた。
「君は、いいやつなんだな」
「ここへは数日前に来たばかりだけど、不慣れなことばかりだ」
「君の故郷は、どの辺りなんだい?」
「その話はしない」
「あ、ごめん……」
イスリスは目を伏せた。うかつな質問をしたと思ったらしかった。
この時勢だ。故郷のことを話さない理由があるとすれば、それは一つである。
彼女の誤解をユウマも察したが、詮索されないのは都合がいいので、そのままにする。それにあながち誤解というわけでもない。
「彼のギルドとは、共生関係にあったんだ」
やや、気まずさを引きずりつつ、イスリスは別の話を始めた。
「セリン・ギルドの運営が、大変だって話はしただろう? どうにもならないくらい火の車になった時には、私が彼らのギルドに臨時加入させてもらって、仕事を手伝って、代わりに資金援助をしてもらっていたんだ」
「へえ」
「とはいえ、お世話になってたというのも、お互い様なんだけどね。彼らには彼らなりの思惑があって、私を受け入れてくれたんだからね」
イスリスは、ユウマの右腕をちらりと見下ろして、
「さっき、オラクさんが君に手を出そうとしたこと、気づいただろう。君の体は敏感に察知して、反撃する構えを取ってた」
「お前が止めたから、そういうことにはならなかったけど」
「止めなかったら、どうなったと思う?」
「さあ」
「私はあの時、少し先の光景を見た気がした。そういうことってあるだろ? 私が止めたのは無駄な争いを止めたかったからだけど、オラクさんのためでもある。あのままじゃ、彼は恥をかいてしまいそうだったから……」
そこで話を切ったイスリスは、いきなりユウマの前へ出て向かい合った。立ちふさがられて足を止めたユウマに、決意を込めた強い眼差しをして告げた。
「ユウマ、話があるんだ。今から用事がないなら、私の家に来てくれないか?」
「用事はないけど、行かない」
懐のラをかばいつつ、ユウマは即答する。
イスリスは愕然と立ちすくんだ。
が、気丈にもすぐに気を取り直したらしく、すり抜けようとしたユウマをさらに引き留めようとして、しかしいかにも嫌そうに振り払われてしまい、とうとう半泣きになった。
「君、私のことそんなに嫌い?」
「いや、俺はべつに」
「なら、話だけでも聞いてくれないかなあ?」
「いい。お前にはあんまり近づきたくないし、もう帰って寝たい」
イスリスは、膝を奇妙にふるわせた。
「ふ、ふふ、人からこんなに嫌がられたのは、生まれて初めてかもしれない。何だろう。胸の奥からこみあげてくる、この妙な気持ちは」
「もう行っていいかな?」
「い、いいや、待って。ごめん、確かに自分でも性急すぎるとは分かってる。本当なら、私はもっと自分をアピールして、君に興味を持ってもらわなきゃいけないんだと思う。けど、君みたいに即戦力になりうるフリーの冒険者は、すごく貴重なんだ。何としても君が欲しい。何でもするから、話だけでも聞いてくれないか?」
ユウマはぎょっとして、ここで初めて、真正面からイスリスを見た。
「お前、今、なんて言った?」
「何でもするから!」
「俺が欲しい?」
「うん。ぜひ!」
「お前、分かってるのか。すごいことを言ったんだぞ」
イスリスはきょとんと首を傾げた後、何かを察したらしい。さっと顔を赤くさせた。
「あ、ち、違うよ。変なこと想像しちゃ駄目。そういう意味じゃないから。おませさん。そういうのは駄目です。禁止です」
イスリスは何やらごにょごにょ言っているが、ユウマは聞いていない。
イスリスが放った暴言は、それほどの衝撃を彼に与えたのだった。もちろん、彼女が察したアヤシゲな妄想とは全く別の意味で。
ユウマ・トランは《炎神ミラ》の子である。
そして父の言葉に従って、何の疑いもなく、六千年以上の長きに渡り、兄弟同士で不毛に殺し合ったあげく、気まぐれな神の一言で、その全てを捨て去れる程度には、狂信者である。
彼の力も、そして彼自身も、全てはミラのものだ。
当然その力は、彼の神と、彼自身の意思によってのみ行使されるべきものであり、その所有権を欲したイスリスは、たかが人の身で神の力を奪うと言ったのに等しい。
人間が、炎神ミラに挑むと言ったのだ。
ユウマはある意味尊敬を持って、イスリスを見つめた。
「何となく、お前に興味がわいてきた」
「あ、え?」
「いいよ。お前の家に行こう」
イスリスは視線を泳がせ、ぶるぶる首を振った。
「だ、駄目だったら。そういうのは、君には早いって!」
自分で誘っておきながら、いきなり手のひらを返した彼女を、ユウマはさすがに唖然として見つめた。
「お前が来いって言ったんじゃないか」
「それはそうだけど、でもそういうつもりじゃなくてさ。若いうちから、良くないよ。会ったばかりの女性に、そういうことは……」
「そういうことって?」
「ほ、ほら、男女の仲的な、ね? ごにょごにょ……」
「何言ってんの、お前?」
「き、君が言わせたんじゃないか!」
突然口をとがらせて憤慨し始めた女から、ユウマは一歩、そっと距離を取った。
彼女がよく分からないことを言ったりしたりするたびに、またいきなり服に手を突っ込まれるんじゃないかと、警戒してしまう。




