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3-7

「ユウマ、ユウマじゃないか!」


 仕事を受けたところで、うれしそうな声が背後からかけられた。振り返ると、二階から降りてきた女が、喜色を浮かべていた。


 イスリス・ローズ。

 会いたくないと思っていた女に会ってしまい、ユウマは苦い顔をした。


 イスリスの隣には、三十前と思われる青目の男がおり、その男も同じくらい苦々しく顔をしかめている。


「しばらくぶりだね。元気にしてたかい?」


 彼女一人がにこやかにして、大股で近づいてきた。が、直前で嫌そうな顔をしているユウマに気づいたらしい。一気に気まずそうな顔になった。


「この前のことは、本当にごめん。私は、気分が上がりすぎると、変にすっとんきょうなことをしちゃう癖があって、治さなきゃいけないとは思ってるんだけど」

「べつにいいよ。けど、あんまり近づかないで」

「う、うん……」


 しょげ返ってしまったイスリスは、ふと気づいて、


「君、ちょっとやつれたんじゃない?」

「あんまり食べてないから」

「ええ? 駄目だよ、育ち盛りなんだからさ」


 思わずといった感じに足を踏み出しかけた彼女を、ユウマは手で制した。


「来るなって。お前が近づくと、おびえるやつがいるんだ」

『だ、誰がおびえるか』


 ラがこっそり文句を言うが、イスリスが現れた瞬間から、硬く身構える懐の中身に、ユウマが気づかないはずがない。


「ね、ねえ、もしよければ、この後食事なんてどうだい? おいしい料理を出す店を知ってるんだ。おごるよ?」

「いらない。俺はもう帰る」


 ラが緊張してかわいそうなので、もうこの場所にはいたくなかった。立ち去る前に、色々と親切にしてくれた受付の女にはお礼を言っておこうと振り返る。


「何やってんの?」


 ミリシアは立ち上がって、背筋を伸ばして恐縮していた。カウンター内にいる職員たちも同じく、一斉にイスリスに向かって礼を取っている。


「君、知り合いなの? ローズさんと」


 盛大に目を泳がせながら、ミリシアは小声で言った。


「いや。この前、たまたま知り合ったんだ。ものすごく変な女だよな」

「ちょ、おばか。本人の前で」


 彼女は顔を青くして、ぺこぺこ頭を下げた。


「ごめんなさいごめんなさい! この子、先日ここに来たばかりで、あまりよく分かってないんです。後から言っておきますから、気を悪くしないであげてください」

「き、気にしないさ」


 イスリスは、引きつった笑みを浮かべている。

 代わりに、先ほどからものすごい目でユウマをにらんでいた隣の男が、ずいっと前に出てきた。


「小僧、誰に無礼を働いている?」

「何だお前?」


 ぱっと見で、十代の子供にしか見えないユウマに、いきなりお前呼ばわりされた男は、額に太い青筋を浮かべて、するどい侮蔑の眼差しを返してきた。


「その珍妙な格好、山の民だな。田舎の山猿が、人の領域に来たからには、それなりの礼儀をわきまえるんだな。痛い目を見るぞ?」

「ありがとう。でも大丈夫。大抵の痛い目には、耐える自信があるから」

「……馬鹿にしているのか」

「え。なんで」

「ここで教育してやってもいいんだぞ?」

「オラクさん、やめてくれ」


 不穏な気配を出しかけた男の前に、イスリスが割って入る。

 男は舌打ちした。


「いけません、イスリス様。ご自身の立場をお考え下さい。こんな汚いガキを相手に、あまり気安くされますと、他の者に示しがつきません」

「立場も何も、ここじゃ私は一冒険者だよ。それに、苦楽をともにする仲間にあまり堅苦しくされるのは好かないから」


 ぴしっと空気にヒビが入ったようだった。

 オラクと呼ばれた男は顔面を蒼白にして、イスリスを見つめた。病的に頬を痙攣させている。


「それは、セリン・ギルドの一般員という意味でしょうね?」

「いいや、今立ち上げようとしている方だよ。もっとも、私が勝手に言ってるだけで、彼の了承は得られてないんだけどね」

「馬鹿な! こんなガキが!」


 オラクの甲高い声は、ほとんど悲鳴に近かった。

 一方、イスリスはなぜか得意げだ。


「ふふん、オラクさん、あなたは一流の冒険者だけど、人を見る目は私が勝るようだ。彼は戦えるよ。探索者としても、十分な腕を持つ。私の尾行にあっさり気づいて、誘い込んでみせたほどだ。するどい感覚を持っている」


 オラクは、殺気のこもった目つきでユウマを見る。


「貴様、獣の祝福持ちか」


 意味が分からず首を傾げるユウマの代わりに、イスリスがうなずいて答えた。


「それも、今まで私が見た誰より、強い祝福だ。彼は強いよ」

「大げさです。しょせんは凡百の獣でしょう。

 イスリス様、賤民に慈悲をかけるのもけっこうですが、行き過ぎれば害悪にしかなりません。

 こんな素性も知れぬケダモノは、あなたの隣にふさわしくない。あなたに並び立つには、やはりそれなりの人間でなければ。

 そう、あなたが望まれるなら、この俺が」


 身を乗り出して言うオラク。

 それまで平静に彼をなだめていたイスリスが、初めて少しの不快感を浮かべた。


「あなたは、トリニア・ギルドの主力だろう」

「ですから、あなたが、俺のもとに来てくだされば。そもそも、時節に逆らって、たった一人迷宮探索をすることにどれほどの意味がありましょう。あなたはもっと、あなたにふさわしい仕事を成すべきだ。俺とともに」

「その話はもうけっこう。気にかけてくれるのはうれしいけど、私には私の道がある。曲げるつもりはないよ」


 強い口調でぴしゃりと拒絶され、オラクは口をつぐんだ。

 しかしユウマに向ける憎々しげな視線はさらに強くなり、ほとんど物理的な圧力となって突き刺さる。


 うっかりそれを目にしたミリシアが、顔を引きつらせて後ずさった。


 イスリスが、彼女をかばうようにそっと間に立ちつつ、素知らぬ顔で、その場にいる全ての人に言った。


「今の話は、誰も聞かなかったということにしてほしい。東部探索に大功績を上げる一線級のギルドについて、妙な噂が流れるのは良くないからね……」

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