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3-3

 本当にギルドに加入しないのか、安全で割のいい仕事は紹介できなくなるぞと、受付の女が心配そうに念を押すのを聞き流し、冒険者登録だけを済ませた後、ユウマは町へ出た。


 仕事を受けるつもりなど、初めからさらさらないのである。


 アーリィから、新しくランセット市にやってくる人間は、大抵が冒険者になるためにやって来るのだという話を聞かされて、他にやることもないし、野次馬根性でそうしてみただけなのだった。


 そもそもユウマには、労働により日々の糧を得るという発想がない。彼の世界には、貨幣の概念もなかったのである。

 故郷での彼の役割は、戦って殺すことのみであり、その他の生活の雑事は全て、周囲から奉仕されるものだった。

 そして悪いことに、故郷を離れた今も、アーリィが奉仕役を速やかに引き継いだため、彼の価値観は全く更新されていない。

 今、目の前に敵がいない以上、漫然とだらだら過ごすことに何の疑いもなかった。


 そういうわけで、酒の匂いのする方に向かった。


 故郷の荒野では、神に最も近い人間《炎の手》として、誰からも畏れられ、敬意を払われていた男が、社会整備されたこの文明国では、朝っぱらから酒を求めて街を徘徊する、あわれな社会不適合者にすぎないのだった。


 途中、ラがそっと言った。


『気づいているか?』

「ん。つけられてるな。いつからだ?」

『さっきの建物にいた女だ。私たちが話をしている途中、二階から降りてきたんだ。盗み聞きだけならともかく、尾行までしてくるとはな』

「何の用だろう?」

『アーリィの足運びと似ている。羽のような歩みだ。どうする?』

「まあ、放っておこうか」


 酒の匂いをたどるうち、壁外へ出ていた。

 自堕落な人間はそこら中にいたようで、酒場には人があふれていた。

 ほとんどが中年の男だ。入ってきたユウマに一瞬目を向けたが、すぐに興味を失い、背中を丸めて酒を飲み始める。


 ユウマは、店の奥、酒の甕が並べられている棚の方へと向かった。

 カウンターだ。女が一人いる。

 どこかあやしい陰のある女で、肘をついて煙管をくわえている。甘い香りの白煙が、立ち上っている。


 女は、ユウマが腰に下げた剣をじろっと見つめた。


「冒険者?」

「うん」

「坊やが、何しに来たのかしら?」

「ここは、お酒を飲む場所じゃないのか?」


 女は肩をすくめて酒を木の杯に注ぎ、ユウマの目の前に置いた。

 さっそくユウマは、それを飲み干す。昨夜飲んだものと違い、味もそっけもなかったが、アルコールの強さだけは負けてない。

 次々出してくれと、ユウマは言った。


「この都市で剣を持ってるやつは、冒険者なのか?」

「大抵ね。それも、なりたての坊や」

「よく分かるな。さっき登録してきたんだ」

「あなたも、あと十日もしないうちに、腰のものを売ってるでしょうね」

「それはないかな」

「まあ、お金があるうちはお好きなように」


 お金なら、ユウマは少し使ったくらいじゃなくならないほど持っている。それは、アーリィが当座のお小遣いとして持たせてくれたもので、大の大人が三年は悠々と暮らせるほどの額があった。

 その金で、朝から酒を飲んでいるのだ。


 酒を飲むユウマの背後で、扉が開き、誰か入ってきた。

 店内が一気に静まった。


 酒を飲んで管を巻いていた男たちが、気まずげにうつむく。足早に店を出て行く者もいた。


 入ってきたのは女だ。美しい金髪の、背の高い女だった。

 切れ長のきれいな翠色の目をしており、背筋がぴんと伸びている。身なりも折り目正しく、酒場のよどんだ空気からは明らかに浮いていた。

 短槍を持っており、それは彼女の手によくなじんでいる。服の下に隠された肢体は、かなり鍛えられているようだった。


『つけてきたやつだぞ』


 ラが言った。

 女は、店内をじろりと見回して、まっすぐカウンターに近づいてきた。彼女はごく自然にユウマの隣に立った。


「以前も言ったけど、彼らの堕落を助長するのはやめてくれないか」


 ユウマではなく店主に言ったらしい。何やら因縁があるようで、険悪なムードだ。

 店主の方も実に忌々しそうに顔をゆがめた。


「私は、求められたものを提供して、対価を得てるだけよ」

「それがまずいんだよ」

「知らないわよ。それが私の商売だもの。それとも、私に仕事をするなっていうの? それでどうやって生きていけばいいのよ」

「君には、もっと別の仕事を紹介するよ」

「何? 春でも売らせるの?」


 直接的な物言いをされて、女はたじろいだようだった。怜悧な顔をかすかに崩して、頬をほんのり上気させた。


「な、何言ってるのさ。もっとちゃんとした仕事だよ」


 店主は鼻で笑った。


「ちゃんとした? いかにもあなたらしい傲慢な言い草ね。お断りよ。私は好きでここで商売してるの。それに言っておくけど、あなたの言う通りにしても、意味なんてないわよ。彼らは別のところで落ちて行くだけだわ」


 言い切って、店主は横を向いた。これ以上議論をする気はないという感じだった。

 女はため息をついて、ユウマの方をちらりと見た。


「ここで飲んでた男たちは、全員、セリン・ギルドの冒険者なのさ」


 話しかけられて、ユウマはようやく酒から顔を上げた。


「彼らのことを、どう思った?」

「何が。お前、誰?」


 それで女は、初めて自分が名乗ってないことに気づいたようだった。


「ああ、ごめん。私はイスリス・ローズ。セリン・ギルドに所属する冒険者だ。セリン・ギルドの話は、君もさっき協会で聞いてただろう?」


 盗み聞きしてあとをつけてきたことを、隠すつもりもないらしい。

 セリン・ギルドについてどう思った? などと聞いてきた。


 どうもこうも思わない。初めから入るつもりのないギルドの説明など、ほとんど聞き流していたユウマである。


「何だか、ややこしい仕組みだと思ったかな」


 聞いてないのだから、ややこしく思えるのは当然だ。

 ふわっとしたその感想に、イスリスというらしい女は、苦笑したようだった。

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