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3-4

「あの仕組みは、なるべく多くの人が死なずに食べていけるように作られたんだよ。

 ややこしいけど、うまいものだろ?

 実際、セリン・ギルドを作ってから、無茶な仕事を受けて命を落とす冒険者も、食べて行けずに脱落する冒険者も、格段に減らすことができた。

 都市周辺の治安だって、ずいぶんよくなったし、そういう功績もあって、今では協会も私たちを無視できなくなって、かなりの便宜を図ってくれるようになった」

「はあ」

「だけど、そんなギルドにもゆがみはある。ここにいた彼らがそうさ。

 十分に働く力を持ってるくせに、弱者を装って保護されようとする。自らは何も生み出さず、与えられるものをただ享受して、そのくせ不平は絶やさず、懸命に生きる他の人たちも、怠惰の道に引きずり込もうとする。

 どんな人間も平等に活かそうというミラルダの理念は立派だけど、それを逆手に取るあいつらは死ねばいい。死ねばいいんだ。

 ああ、ここの飲み物に毒でも入っていて、全員ぽっくりいかないものか。……」


 イスリスは虚ろな目つきになって、延々ぶつぶつ言い始める。何やらとんでもないストレスを抱えているらしい。


「お前、大丈夫か?」

「あ? あ、ああ。いや、すまない。少しぼんやりしてしまった」


 彼女は、乾いた笑みを浮かべた。


「そういえば、まだ名乗ってなかったな。私はイスリス・ローズ。こう見えてけっこう冒険者歴は長いから、分からないことは何でも聞いてくれ」

「いや、さっき名乗ってたよ」

「え? あれ、本当?」

「うん」

「おかしいな。はは、疲れているのかな。ええっと……、あ、あれ? ごめんよ。君の名前は聞いたんだっけ?」

「いや。ユウマ・トランだ」

「そうか、よかった。よろしくね、ユウマ」


 イスリスはユウマに右手を差し出した。

 ユウマは首を傾げて、それを見つめる。彼に握手の習慣はないのだ。


 しばらく待って、イスリスは気まずそうに出した手を引っ込めた。ちょっと傷ついたような顔をしている。


「それで、何の用で俺をつけてきたんだ?」


 切りかえの早い女らしい。イスリスは不敵に笑った。


「気づいてたんだね、やっぱりだ。君をスカウトしに来たんだよ」

「スカウト?」

「私は今、セリン・ギルドとは違う、新しいギルドを作ろうと思ってるんだ。それで、仲間を探してるところなのさ。ただのギルドじゃないよ、迷宮の攻略を本気で目指すギルドさ!」

「そうか」


 薄い反応に、イスリスは不満げに口をとがらせた。

 が、すぐにまた気を取り直して、むしろそれまでよりも熱を込めて話し始める。


「君は、ついさっき冒険者になったんだったね。冒険者の現状とか、何も知らないのか。

 いいかい? 迷宮の制覇はこの国の悲願なんだ。失われた土地を回復するために、必ず成し遂げなければならない。

 冒険者とは、本来そのためのものなんだよ。受付の女の子も、そう言ってただろう?」

「はあ」

「だけど、迷宮は深く、危険で、冒険者を飲み込むばかりで、戦争が終わって八年がたつのにまるで終わりが見えない。

 近ごろは神殿も、迷宮攻略はあきらめ気味で、東部の危険域を開拓して国土を広げようという方針に切り替えてる始末だ。助成金もそちらにばかり流れて、本気で迷宮を攻略しようなんて冒険者は、もういないんだよ」

「そうなのか」

「私は何も、東部開拓が悪いというんじゃない。新しい土地でも、人は生きていける。東部を開拓して、そこで人が暮らしていけるなら、これほど素晴らしいことはない。

 だけど、誰もが生まれた土地を忘れられるわけじゃない。新しい生活じゃなくて、何はなくとも、故郷に戻りたいという人は大勢いるんだ」

「はあ」

「分かってる。生きるだけでも大変な人が大勢いる中で、贅沢な願いだとは思う。けど、そういう人のために戦う人間が、少しはいてもいいだろう?」

「はあ」

「それに、悔しいじゃないか。私たちの土地にあるあの迷宮を、そのままにしておくしかないなんて。敵に、屈してしまったみたいでさ」

「ああ、その気持ちは分かるな」


 イスリスは輝くような笑顔になった。


「そうだろう! 君ならそう言うと思った」

「そう?」

「さっき協会で、君の話を耳にした時、これは運命だと思ったんだ。君は、セリン・ギルドに入らないと言った。つまり、どこか戦闘系のギルドに入って、危険域を開拓する冒険者になるつもりなんだろう?」


 ユウマは目を白黒させた。これはえらい勘違いをされたものだ。


「違うよ。俺は、何も考えないで適当に冒険者になってみただけで、そんな特別な目的があるわけじゃないよ」

「ははは。謙遜しなくていい。君の肉体は戦う人間のそれだ。その体さばき、それに、私の尾行をたやすく察知して、ここへ誘い込んだその手腕。それだけの力を、何の意思も目的も持たない人間が、身に着けられるものじゃないはずだ」

「それはそうだけど、でも違うよ」

「何が違うっていうんだい? むしろ私は、こうして向かい合って話してみて確信したよ。君の瞳の奥には、強い意志の光が見える。君は絶対にいい冒険者になる。君のような人こそ、私は求めてたんだよ!」


 身を乗り出す彼女の目には、あやしい熱情が灯っている。自分の力説で勝手に燃え上がってしまったらしい。

 あろうことか、勝手にユウマの服に手を入れて体をなでまわしてきた。異様にあやしい手つきだ。


「ほら、ほらほら! やっぱり、すごい体だ。こんな力強いのに柔らかい。しなやかで、人というより、まるで肉食の獣のような。ここまで強く獣神に祝福された肉体は、初めて見るかもしれない!」

「な、何なんだお前」


 ユウマはあわてて、彼女の手を振り払った。


「何考えてるんだ、こんな昼間から。この罰当たりモノめ」


 イスリスはきょとんとした後、自分の行為がどう誤解されたのか、ようやく思い至ったらしい。

 ぱっと頬を赤らめて、両手を掲げて後ずさった。


「あ、ああ、ごめん。そうじゃないんだ。ただ、君の体を確かめたくて。あ、引かないで。そういう意味じゃない。ああ、もう、ごめんね。男所帯で育ったせいで、適切な男女の距離ってのが、よく分からなくってさ」

『男同士でも、普通、相手の服の中にいきなり手を入れたりはしないだろう……』


 懐の中で、変態の指先を危うくかわし切ったラがもらした。


 もちろん、それはイスリスには届いていない。

 彼女はせき払いして、きりっと澄ました表情を取りつくろった。


「君のその力は、ぜひとも迷宮探索に使ってほしいんだ。魔族との戦争は、八年前に終わったと言われてるけど、この地に迷宮がある限り、本当には終わってない。それを、今こそ終わらせよう。私たちの手で!」

「いや、嫌だよ」

「どうして?」

「お前みたいなやつに近づきたくない」

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