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グライン材の通路まで戻ると、先ほどまでの喧騒が夢だったかのような静けさだった。
アーリィが黒曜の櫂を消し、三人は久しぶりに地に足をつけた。何度か足踏みをして、そこが揺るぎない地面であることを確かめる。
『いや、肝が冷えたな』
ラの声は少し上ずっていた。
危ういところを何とか乗り切って、テンションが上がっているらしかった。
その一方で、ユウマは落ち込んでいる。
「いつもの癖で、短剣を使い捨ててしまった。他にいくらでも、やりようはあったのに。刃の材料は、もう手に入らないんだ」
敵を倒すと、もれなく新しい武器の材料が手に入るシステムは、クドの外では適用されないことを、今さらながらに思い出したのだった。
洞窟の入り口に置いてきた剣が、心配になってくる。
「急いで戻ろう」
『うむ。長居したい場所ではないな』
上に向かうユウマたちを尻目に、アーリィが膝をついた。何度か立ち上がろうとするが、地面を引っかくだけで動けない。膝が笑ってどうにもならないようだった。
ラが慌てて戻った。
『おい、大丈夫か。怪我をしたのか?』
「申し訳ありません。思いの外、消耗してしまったようです」
『怪我はないんだな?』
「はい。少し休めば問題ありません。私は、ここで休息してから行くことにします。もはや危険はないでしょう。どうぞお先に行ってください」
『馬鹿か』
ラが、人を乗せられるサイズに変化した。
『乗れ。運んでやる。お前の黒い棒よりは揺れるが、柔らかさと暖かさでは負けん。乗り心地は悪くないはずだ』
アーリィは、言葉の真意を確かめるような眼差しでラを見つめた。
何も読み取れなかったらしい。続けてユウマを見た。
「私は、魔導士です」
「そうか」
アーリィより先に、ユウマがまたがり、彼女に手を伸ばした。無造作に伸ばされたその手をじいっと見つめて、アーリィは再びつぶやいた。
「よいのでしょうか。私は、あなたの手に抱かれても」
『早く乗れ』
彼女は、ゆっくりとユウマの手を取った。強引に引き上げられ、次の瞬間には、彼女はユウマの腕の中にいる。
ラの灰色の毛皮は、本人が言った通り、柔らかく、暖かく、その奥に感じられる筋肉は驚くほど力強い。
アーリィは、しっとりとしたラの背中を何度もなでた。
「心地よいのですね」
そしてユウマにもたれかかり、目を閉じた。
「少し眠ります。あとのことは、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「いいよ」
ユウマの返事を聞いた瞬間には、寝息を立てている。
消耗していたらしい。しかし、寝顔はまるで子供のようなあどけなさだった。
ラは、背中の二人をなるべく揺らさないように、ゆっくり歩き始めた。
『魔導士とは、しんどい立場のようだな』
ぶっきら棒な口調だが、どうやら同情しているようだった。
『こいつ、人に頼るということを知らないんだ』
ユウマはにっこり笑いながら、ラの首筋をなでた。
「気に入ったみたいだな、こいつを」
『ふん。まあ、便利な力を持ち、頭もそれほど悪くない。イェルシェドまで案内させるのに不足はあるまい』
「そういう意味じゃない」
ラは黙った。ややあって、ぼそりと言った。
『嫌いではないがな』
「俺は好きだぞ、こいつのこと」
ラは、首をねじって背中のユウマをにらんだ。
『お前、まさか自分の役目を忘れたんじゃないだろうな?』
「何が」
『お前が相手にするのはこいつじゃないだろ』
「何のこと?」
『いきなりよそ見をするのは止めろと言ってるんだ。ただでさえお前は頭が悪いんだ。余計なことを考えて、使命を全うできるはずがない。まずは、自分の馬鹿さ加減を自覚して、第一の目的のことだけをずっと考えてろ』
あんまりな言い草に、さすがにユウマは顔をしかめた。
「馬鹿にしすぎだろ」
『馬鹿なんだから仕方がない。お前は本当にどうしようもないやつなんだ。それに、こいつは役に立つ。死なせるには惜しい』
「というか、なんでいきなりそんな話になる。相手にするとかしないとか」
『考えてないのか? 少しも?』
ユウマは、腕の中で眠る女を見下ろした。
華奢だが柔らかさはある。滑らかな白い肌は、壊れ物のような繊細な美しさだ。夢を見ているらしい。長いまつげがひくりと動いた。嗅いだことのない甘い香りがただよってくる。
「考えてないよ。当たり前だろ」
『本当だろうな?』
「もういいだろ。そんなことより、あの顔のことなんだけど、あいつ、どうして顔だけだったと思う? 胴体や手足はどこにあったのか」
『それこそ、どうでもいいだろ』
「まあ、聞けよ。胴体はあったんだ。今もある。この通路がそうだ」
ラは、辺りを見回す。変哲もない石造りの通路だ。
『何のことだ?』
「お前も、あいつの口の中を見ただろう。焼けただれてた。喉の奥まで、まともな声も出せないくらいダメージを負っていた。なぜだ?」
それでラにも、ユウマの言いたいことが分かった。
改めて通路をながめると、これまで感じられなかったおもむきがある。ここは、あの化け物の食道なのだ。
『よく気づいたな』
「こっちは三人もいるのに、どうして俺のことばかりにらむのかと思ってな、それでピンと来たんだ。いきなり喉の奥に、熱々の溶岩をたらふく流し込まれて、怒ってたんだろうな。かわいそうに」
『あの空間は、やつの胃の腑だったわけか』
「そう。だから、実のところ危なかったんだ。あのまま奥に運ばれてたら、俺たちは最終的にどうなったと思う?」
『馬鹿、妙なことを言わせようとするな』
「うんこだよ」
『やめろって。下品だぞ』




