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そしてそのとたん、地面が揺れた。
激しい揺れだった。三人とも立っていられず、その場に投げ出された。
『何だ今のは!』
ラが悲鳴を上げた。
「人の眼球と口に見えたな。びっくりするくらい大きな口だった」
『言ってる場合か。何が起きている!』
「地面が揺れてるな」
『そんなことは分かってる!』
「なら、なんで聞く」
揺れは収まらず、むしろますます激しくなる。一切の明かりのない闇の中では、立ち上がることすらできない。
ユウマが再び光源を放った。空気のことを気にしない、激しく燃える光源だった。空間が明るく照らされた。
無数の目も巨大な口も、すでに消えていた。
代わりに、岩盤全体が激しく蠕動していた。
床だけではない、天井も、壁もだ。その場に存在するもの全てを、奥へ奥へと引きずり込もうというように、硬いはずの岩のかたまりが、不気味に波を打っている。
散りばめられた骨が、粉砕されながら奥へ運ばれてゆく。ただの骨も、抵抗しようと身をくねらせる屍人も、全てが等しく飲み込まれていった。
「目を疑う光景だな」
ユウマは波打つ床に片手をついたまま、腰の短剣を引き抜き、突き刺した。何の意味もなさなかった。蠕動運動に巻き込まれて、抜け落ちた。
その、開けられた穴から、粘性のある透明な液体がしみ出してきた。いや、穴からだけではない。彼らを取り囲む岩壁全体から、液体がしたたり落ちてきた。
試しに触れた指先に激しい痛みを感じ、ユウマは手を引いた。その一瞬で肉が溶け落ち、指の骨が露出していた。
「ラ、来い!」
ユウマはとっさに自らの懐をくつろげ、叫んだ。阿吽の呼吸で、ラが体を小さくしてその中に飛び込んできた。
あと、もう一人。
「アーリィ、液体に触れるなよ!」
視線を巡らせたユウマは、宙に浮かんで、岩壁の運動から逃れている彼女を発見した。正確には、宙に浮かぶ黒曜の櫂に腰かける彼女の姿を。
「ユウマ様、手を」
アーリィは、地を這うユウマに手を伸ばす。二人の手が重なった。
強引に、彼女はユウマの肉体を引き上げた。華奢に見えて、彼女の体は鍛えられていた。
「助かる」
「いえ、遅滞なく明かりを灯してくださればこそでした。天井からしたたり落ちてくる粘液にお気をつけください。王水です」
「オウスイ」
「触れると、生命を構成しているマナが奪われます。全身つかれば、人程度の大きさであれば瞬きの間に骨となります。あれを」
アーリィの指さす方を見ると、床上に溜まりつつある粘液は、動きを見せないただの白骨には何の影響も及ぼさず、のたうち回る屍人だけをものすごい速さで浸食していた。
そこかしこで、屍人が粘液にぬれて、ただの白骨と化し、砕かれ混ぜ合わされていった。
「すごいな」
その懐から、ラが顔を出した。
『指は無事か?』
「ああ、うん。もう治った」
『そうか。……しかし、外界はつくづくとんでもないところだな。炎を伝達する植物から始まって、動く死体、無数の目玉と巨大な口、踊り狂う岩肌、あげくの果てに《炎の手》の肉体を溶かす液体とは。さすがにうんざりだ』
「まあだけど、アーリィのおかげで楽に突破できそうだね。どうする。いつの間にやらかなり奥まで運ばれてしまったみたいだけど、撤退するのか?」
ユウマは、彼女を振り返って言った。
「常は一人で乗っているので、他の誰かを乗せて飛び回るというのは、あまり慣れてはいないのですが……」
答えるアーリィの額には、汗が浮かんでいる。
「この広間を、抜けるくらいのことはできるでしょう。撤退しましょう」
三人を乗せた黒曜は、ゆるやかに宙をすべり出し、やがてスピードに乗って風を切った。揺れは全くなく、快適な乗り心地である。
やがて遠くに出口が見えてきた。
同時に、ラがユウマの懐から飛び出し、するどい警告を発した。
『見られているぞ』
「また目か」
『出口の上だ。現れるぞ!』
そこから、今度は巨大な顔貌が浮かび上がってきた。先ほどの目と口の主だ。
視線を一身に受けたユウマは、直感した。顔は、やはり憎しみを込めてユウマをにらみつけている。大きく口を開けて、何かを叫んだ。
地鳴りが大きくなった。
床に溜まっていた王水が、意思を持って大きくうねる。重力のくびきから解き放たれ、粘液が一本の触腕となって、持ち上がる。
中空でしなりを込めて、ユウマたちに襲いかかってきた。
「アーリィ、このまま止まるなよ」
ユウマが腕を一振り。触腕の攻撃を防ぐように、炎の壁が立ち上がった。
衝突する。
触腕が炎の中で大きく膨れ上がり、四散した。一滴残さず蒸発し、同時に炎の壁も幻だったかのように消失した。
「こんな程度かな?」
そうではなかった。
巨大な顔がうごめき、ぐ、ぐぐぐ、とさらに浮かび上がった。岩肌からゆっくりと分離してゆく。
完全に独立した一個の個体となって、巨顔は再び絶叫した。
岩壁からしみ出す王水の勢いが強くなった。雨のように降り始めたそれが、空中で再び融合して、今度は三匹の大蛇となって黒曜を囲んだ。
これは、防げない。とっさに、アーリィは黒曜を止めようとした。
しかし、
「止めるなよ」
その声に、スピードを保った。
背後から、ユウマの手がアーリィの肩をつかんだ。
「回避も迎撃も考えなくていい。目を閉じて耳をふさぎ、ただまっすぐ行け。俺を信じろ。敵は必ず殺してやる。俺もお前を信じる。ここから連れ出してくれるな?」
アーリィは体を強張らせていたが、やがてうなずいた。
「お任せください」
巨顔が、跳ねるように襲いかかってきた。大きく口を開けて、三人を一飲みにせんと迫ってくる。三匹の蛇も空中で一度身を縮め、もとに戻る勢いのままに飛びかかってきた。
一つでも防ぎきれなければ、終わりだ。それは三人の死を意味する。
「ラ! 顔を一瞬!」
止めろ、と、ユウマは言った。
『無茶ぶりを』
言いつつ、ラは前に出た。
瞬時に巨獣に変異して、地下の空間全てを揺るがすような咆哮を放った。声は大気のゆがみとなり、一直線に巨大な顔にぶつかった。
無形のエネルギーがその鼻面で爆発する。すさまじい衝撃が放射状に広がった。
顔面にビシッと小さな亀裂が走り、それは空中でバランスを崩した。
そこに、ユウマが立ちふさがる。背後は火の海だ。
飛びかかってきた王水の蛇は、すでに燃やしつくされ、影も形もない。
ユウマは短剣を抜き、振りかぶった。投擲する。
破裂音を発して飛んだそれは、ラが作った顔面の亀裂に吸い込まれた。
ユウマはアーリィに覆いかぶさり、こぶしを開いた。
「はじけろ」
亀裂の中で、短剣が、内包していたエネルギーを一気に解放した。
巨大な顔を木っ端みじんに粉砕し、爆炎が岩壁に囲まれた空間いっぱいに広がった。ラの咆哮の衝撃で、もろくなっていた岩盤が、今度こそ崩落してゆく。
その中を、三人を乗せた黒曜が突っ切った。
出口はすぐそこだった。




