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二人が戻った時には、さすがに広間の熱気は薄れており、アーリィも問題なく下方へと続く通路に進むことができた。
『これほど時間がかかるなら、アーリィに仕掛けを解除してもらった方が、よほど手っ取り早かったかもな』
チクリと嫌味を言うラ。
顔をしかめたユウマを取りなすように、アーリィが言った。
「いえ、私などでは、あの力の代わりなど、とても務まりませんでした。
それに、あの場合はあれが最善でした。仕掛けを解くということは、作成者の思惑に乗るということです。そこに二重三重の罠があることもめずらしくはありません。
その思惑を強引に叩きつぶす手段があるなら、それが一番なのです」
「ほらな?」
『勝ち誇るな、馬鹿。お前は、そういうことを分かって焼いたわけじゃないだろ。考えもなくただ焼いただけだ。アーリィ。あまりユウマを甘やかすな。こいつは、甘い顔をしていると際限なくつけあがって、とんでもないことをやらかすぞ』
「申し訳ありません」
『厳しくしても全くこたえなくて、結局とんでもないことをするんだ』
「どっちにしても同じなら、甘い顔をしてほしい」
『黙ってろ』
通路を延々下ってゆくと、壁面がなめらかなグライン材からごつごつした岩肌に代わり、むせ返るような死臭が吹き上がってきた。
通路はじょじょに広がりを見せ、端まで明かりが届かなくなった。
先頭を行くラが、足を止めた。
『いるぞ、ユウマ、明かりを大きくしろ』
「ん」
ユウマは、浮かべていた炎の粒に、もう二つ加えて前と左右方向に飛ばした。
ごつごつした岩肌が、闇の中に浮かび上がった。
黒い岩盤の上に、砂をまいたようにまだらに、白いものが散らばっているのが分かった。人骨。かなりの数だ。
「これが全て、屍人か」
『いや、ほとんどはただの骨だ。一部、そうじゃないのもいるが』
「どれがそうか、分かるか?」
『分かる。だが、屍人は私たちにとって問題ではないだろう。不意をうたれたところで、十分対処できる』
ラの注意は、床に散らばる骨たちにはなかった。
『何かいるんだ。だが、いない。匂いも音も、何も感じないのに、ただそこに何かいるような気がする。お前たち、何か見えるか』
ユウマは、前方に浮かぶ光明を、闇の中で動かした。
しかしいくら確認しても、そこにあるのは岩盤と骨、黒と白のモザイク模様だけである。
「何も」
「私にも、確認できません」
ラは一度、足元と頭上の匂いをかいだ。
『やはり匂いはない。だが、確かにいる。今も私たちを見つめている。上下前後左右。ありとあらゆる方向から一度に、全く均一に、舐めるような視線を感じる。アーリィ、そういうことのできる存在に、心当たりは?』
「申し訳ありません。分かりません。ですが、赤い目の神やその高位の眷属は、基本的に人知を超えた存在です。できると考えた方がよいでしょう」
ラは一瞬、重々しく黙り込んで、
『ユウマ、撤退するか』
「俺はどっちでもいいよ。先に何があるか気にならないこともないけど、もともとここを探索したいのは、アーリィだ」
『アーリィ、私は一時撤退を勧めるぞ』
「何かが、私たちを見ているのは、間違いないのですね?」
『ああ』
「どうして、見ているだけなのでしょうか。それがメドヴェの眷属だとして、可能性としては二通り考えられますね。一つは、いつでも私たちに襲い掛かることができるが、今はその機をうかがっているだけだということ」
「もう一つは?」
「主を失ったこの眷属は、現世に干渉するだけの力も失っており、ただ私たちを見ていることしかできないということ。前者であれば、撤退するべきです。逆に後者であれば、この眷属が力をなくしている今のうちに、滅ぼさねばなりません」
「で、どうする?」
少しの黙考の後、アーリィは言った。
「撤退しましょう。この遺跡のことを報告しなければなりませんし、後日改めて、しかるべき準備を整えて再挑戦した方がよいでしょう」
と、その時だった。
薄ぼんやりと照らされていた岩盤の天井から、壁から、床から、ずずずずず、と無数の眼球が、浮かび上がってきた。
びっしりと壁面を埋める赤い眼は、ぎょろぎょろとでたらめに動いたが、一瞬動きを止めたかと思うと、示し合わせたように、一斉に同じ方を向いた。
ユウマだ。
無数の血走った赤い眼差しが、ユウマに注がれている。
天井に亀裂が走った。割れたところから何かが垂れ下がる。どろりとした粘液が、したたり落ちてきた。舌。まぎれもない、その亀裂は人間の口だった。
人を丸飲みできそうな巨大な口が、かすかに動いて、何かを言った。金属をこすり合わせるような不快な声。意味をなさない音の羅列。
それが終わった時、真っ赤な舌が、別の生き物のように素早く動き、ユウマの放っていた三つの光源全てを飲み込んだ。
空間が闇に染まった。




