カイン
「ここに居ます」
エバが案内したカインの部屋は、簡易的な仕切りで分けた空間だった。
部屋の窓は閉ざされ、そこには暗闇があった。
鼻腔にまとわりつく香りに、微かに覚えがあった。だがそれが、どこで嗅いだなんの匂いだったか、今は思い出すことが出来なかった。
天井の仕切りの隙間、僅かな明かりを頼りに目を慣らしていった。
朧気な輪郭がこちらを振り向くのが分かった。
「カイン?」
血走った赤い目が、爛々と私たちを見ていた。
獣のような唸り声をあげながら、カインはジリジリと距離を取った。
やがて壁に当たり、カインの行き場が無くなったのを見た私は、声を掛けようとしたゼンを止めた。
そしてカインがしたように徐々に下がると、部屋から出て人心地ついた。
「話さなくて良かったんですか? 」
「噛み付かれたくなくてな」
「えっ!?」
ギョッとするゼンに「あれは本能だけで動いている獣だ。逃げ場を失くした獣は、たとえ牙が無くても危険だ」と言うと「戻ろう」と続けた。
帰り際、私はエバを呼ぶと「魔術師の知り合いは居るか」と尋ねた。
「祈祷師には診せたのですが」
「あれはペテンだ。精神系の魔術に強い方がいい」
エバは頭を振って「そんなアテは有りませんし、有ったとしてもお金が無いんです!」とヒステリックに大声をあげた。
ゼンも私の肩に手を掛けて首を横に振った。
金がない中で診せた祈祷師を、ペテン呼ばわりした無神経さを悔いた。
借金もその為だったのかもしれない。
「精神系なら神父様の癒しの奇跡はどうだろうか。神父様なら貧富に関係なく施してくださるのでは?」
ゼンが自らの思いつきに目を輝かせて提案した。
「神父様には既にお願いしたのです。でもあの子は悪魔憑きなのです。神父様を見ると、怯えて暴れて手が付けられないのです」
「ハルドゥの悪魔......」
ゼンは身を震わせてそう呟いた。
貧民街を出て馬車道に戻ると「あそこが私の店です」とゼンが指を差した。
小さな店構えだが、そのほとんどを占めるガラス張りのファサードに、この男の如才の無さを感じた。
「ランス伯には相当納めたようだな」
ガラス窓への課税は非常に高いものだ。普通なら臆するものだが、この男はそれを平然とやってのけていた。
「他の部分の窓を減らしましたよ」
ゼンは頭をかいて照れたように言った。
「伯からの御用達も頂いたのだろう?」おそらくは高級店として、富裕層からの支持も高いのだろう。
「まぁ、良くして頂いています」
ゼンはやんわりと肯定すると「ご宿泊先に届けさせます」と続けて、店に戻って行った。
「さて——」
まだ確証は無いがカインの様子に、ある心当たりがあった。
誰から当たるか、どこを探るか——
石畳を踏み歩きながら思案に暮れていた。




