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BB  作者: 浅見カフカ
ハルドゥの悪魔篇

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5/19

エバ

「ここだ 」

ゼンが足を止めた家は、一際粗末な家だった。崩れた壁には割れた瓶や壊れた桶を無造作に積み重ねてあり、その隙間を藁を混ぜた泥を塗ってふさいでいた。

「男手は無いのか?」

「エバの夫は前の紛争で戦死したんだ」

「そうか。ここはランス伯の領地だったな」

私は戦下手いくさべたのランス伯という悪名を思い出していた。先程の井戸端の女たちの話題にも上っていた。

「先代は戦上手、勇猛果敢のランスと国中に名を轟かせていたのですが」

ゼンは明らかな失望の色を隠さずにそう言った。

「あのう......ウチに何か御用でしたか?」

振り向くと、擦り切れたボロ布を被った、とても服とは呼べないものを着た女が怯えるように立っていた。

「お金でしたら月内げつないには必ず——」

「ああ、違うんだ。済まない、家の入口で立ち話なんか」

私がそう言うと女は息を吐いて安堵の表情を見せた。

「そうでしたか。それでは」

そう言って私とゼンの間を通ろうとする女の手首を掴んだ。

「アンタがエバだろ。借金取りじゃないが、アンタに用がある」

エバの顔に再び怯えが戻った。

瞳孔が開き額に汗を滲ませ、血の気が一瞬で引いていった。

「大丈夫、怖がらないで。俺は自警団のゼン。この人は自警団が雇った冒険者のボニータだ。ハルドゥの悪魔事件について調べている。協力して欲しい」

冒険者ではないのだが、ゼンのお陰でエバの表情が再び和らいでくれた。以前旅を共にした相棒にも言われたことがあるが、私は時々怖いらしい。

「エバ、カインが行方不明になった日のことを教えて欲しい」

私は努めて、親しみやすい笑顔を絶やさずに話し掛けた。

「二ヶ月前のマルシェが終わった頃です。あの子が姿を消したのは」

「朝なのか?夕暮れや、夜ではなくて」

「はい。店先の路上で遊んでいたカインを、人混みの中に見失いました。でもそれはいつもの事ですし、その時は気にも止めていませんでした」

エバはそれを悔いるように瞳を伏せた。よく見ると整った横顔だった。見た目よりもずっと年若いのだろう。深く刻まれた皺と、日焼けと垢のせいで老女にも見えた。

「誰にも未来のことなんて分からないさ」

陳腐だが、最もこの場に相応しい言葉だと思った。

「一通り店の物を売り切ったので、店をた畳もうとしました。いつものようにカインに手伝ってもらおうと姿を探したのですが——」

「どこにも居なかったのですね」

ゼンが言葉を引き継いで、エバがそれに頷いた。

「カインの悲鳴や物音、見慣れない人間とか、何か気になったことはなかったか?」

私のそれらの問い掛けに、エバは首を振って答えた。

「戻ってきたカインの様子はどうだ?以前との違いとか」

「何もかも——姿形はカインそのものですが、それだけなんです。あの人の形見にすら何の反応もしないんです。ハルドゥがあの子の魂だけを抜いてしまった」

最後は消え入りそうな震え声だった。

「最後に、カインに合わせてくれないか」

「中にいます。明るいところを嫌がるんです」

エバはそう言ってドアの代わりに下げられた、分厚い布をめくった。


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