ブレアのお茶会
「おはようございます、ブレアさん。おはようございます、ボニータさん」
ゼンの律儀な挨拶に迎えられた私たちは、焼きたてのパンの香りに満ちた店内で思わず深呼吸をした。
「おはよう、ゼン。キッシャーはまだかい?」
荷車が停まっていなかったので分かってはいたが、場を繋ぐように尋ねてみた。
「そうですね。でも、そろそろいらっしゃる頃だと思いますよ」
そう言い終えると同じ頃、店の外に見覚えのある荷車が停まった。
カウベルが鳴って扉が開くと「おはようございます。伯爵様のパンをお願いします」とキッシャーのか細い声が、鈴の音に阻まれながら店内に滑り込んだ。
「おはよう、キッシャー」
ブレアは誰よりも早く声を掛けると、ハーブティーの入った瓶を取り出して見せた。
「おはようございます、バーリントン様」
キッシャーは深く頭を下げると、ゼンに視線を向けた。ゼンは彼が口を開く前に小さく頷くと、店の奥に姿を消した。
「さぁ、ゼンがパンを用意する間にお茶会を開くわよ」ブレアはそう言って、ガーゼにハーブティーを染み込ませた。
「腕を出して」
「こんな醜い腕を、バーリントン様に触れさせるわけにはいきません」と、キッシャーは首を振ってブレアの言葉を拒んだ。
「ボニータ」
ブレアの短く私を呼ぶ言葉。それだけで十分だった。私はキッシャーの右腕を掴むと「お前の腕を蔑む奴が居るなら、私が張り倒してやるよ」と言って腕を掴んだ。
そして袖を捲りあげると、キッシャーの腕をブレアに診せた。
ただれた肌が露わになると、ブレアは躊躇なく両手で包むように掴んだ。
「辛かったでしょう」
先日と同じようにそう言うと、カモミールのハーブティーを染み込ませたガーゼを腕に当てていった。
「くっ」
キッシャーの口から呻きが漏れた。
「大丈夫か」
「はい。初めは沁みましたがもう平気です」
私の問い掛けにそう答えると、キッシャーは深く長い息を吐いた。
「染みたのは少し撹拌が甘かったせいね。塩を混ぜてあるの」
「塩?ブレア、それは拷問だろ!?」
驚いてブレアを見た。きっと目が溢れ落ちそうなくらいに見開いていたと思う。
そんな私の様子に構うこともなく、さも当然というように「混ぜたわよ、塩」と答えた。
そして「人間に限らず、動物って塩が必須なのは知ってるわよね」と問い返してきた。
「ああ、当然だ」私は、岩塩を一心不乱に舐める牛を思い浮かべていた。
「その塩は、身体に吸収されて体液の成分になるの。だから同じ割合に塩分を調整すると沁みなくなるの。かえって水の方が沁みるのよ」
ブレアはそう説明しながら、キッシャーの左腕にもガーゼを当てていった。
「このただれに心当たりはあるよな」
私の質問にキッシャーは顔を上げると、ゆっくりと頷いた。




