39.派閥
グリークの件を私はカールに伏せた。
いや、伏せたというのは不正確だ。話せる機会が無かった。
道中では、誰がどこで探っているかも分からない。詰所にはエバが居たので、これ以上巻き込むのは避けたかった。
結果、翌朝になってブレアに打ち明けることになった。
「エバは?」
「地下でカインの傍に居るわ。お互いに離れる様子がないわね」
ブレアは微笑ましいといった表情で目を細めた。
「記憶が戻ったのか?」
「どうかしら?でも、私たちへの態度とは明らかに違うわね」
「本能——か」
私の呟きに、ブレアは小さく首を振ると「絆ね」と短く言った。
「随分と可愛くなったな」
「ん、何?」
「いや、なんでもない。ところでな、ブレア——」
私は出来うる限り、昨夜の出来事を話して聞かせた。
ブレアは顎に手を当てながらジッと話を聞くと、趣ろに口を開いた。
「エバに聞かせなかったのは正解ね。この後の振る舞いが不自然になるかもしれない」
「ああ。それでだな、墓穴堀りが敬語を使う相手って誰だと思う?」
ブレアの同意を取り付けた私は、昨夜から抱いていた疑問を口にした。
「そうね。カールにも敬語は使ってないのよね」
「ああ。カールは、この街ではそこそこの位置にあるよな」
「経済的にも、自警団という組織の貢献的にも高い地位に居るわね。彼の人格を知れば、それらを抜いても自然と敬うでしょうけど」
「じゃぁどんな相手なら......」
「さすがにランス伯とかなら、使わなければ命に関わるかもしれないわね」
「王侯貴族サマか」
私はあからさまに嫌そうな顔をしたのだろう。ブレアは複雑な表情を浮かべて「階級ってバカみたいよね。上でも下でも自信を縛る鎖でしかないのに」と自嘲するように言った。そして顔を上げると「でもきっと、ランス伯ではないわね」と続けた。
「それじゃぁ他に偉いさんは?」
「状況を考えて。昨夜のあの遅い時間。教会裏の、墓掘りが住む小屋に来る人間なんて——」
「神父か!」私はあの柔和な顔と声を思い出して、自分の言葉を疑った。だが、人格者の仮面の下に暗く冷たい素顔があるとすれば......
背筋を冷たいものが、ゆっくりと這うように蠢いていた。
「なぁ、ブレア。前の神父は大司教になったんだよな」
「そうよ。異例の出世と言われているわ」
「神職が出世する査定って何だ?」
「教会での活動や、信者の獲得——は、国教になった今はほとんど無いわね。あとは強力な派閥の後押しや、担当地域からの寄付......とかかしら」
ブレアは天井の隅を見るように、視線を上に向けて思いつく限りを挙げた。
「派閥か——聖職者が、どうにも世俗的だな。前任者の派閥は、そんなにデカイのか?」
「彼はグノーシス派の神父で、派閥はそれほど大きくは無いわね。200年くらい前、ヴァレンティ教皇を輩出した時代は最大派閥を誇っていたみたい」
「今の神父は?」
「ルヴィオ神父もグノーシス派よ」
「——ランス伯の草刈りだけどな、治安維持が目的じゃなくて、大麻草の独占が目当てだったんじゃない?」
思い付きの問い掛けだったが、ブレアは目を大きく見開いて私の顔を見詰めた。




