尾行と監視
「おかえりなさい。進展はあった?」
「ああ、キースって自警団員が。事故に見せかけられて殺されたことが分かった」
カモミールの香りが広がる部屋で、不穏な会話が交わされていた。
「まぁ」
驚いた口調のブレアの両手は、乱れることなく丁寧に紅茶を注いでいる。
「きっと、キースは何かを掴んだのだろうな」
「それならどうして仲間に打ち明けなかったのかしら?自警団の人なのでしょ」
ブレアの疑問はもっともだったが、この女からそんな言葉が出るとは思わなかった。
「へぇ、ブレアなら頼ったか?」
「分からないわ。仲間なんて居なかったもの」
ブレアはそう言うと、美しい絵付けのされたカップを私の前に置いた。立ち上る湯気からは、甘い果実のような香りがしていた。
「薄い——」
カップを手にした私がそう呟くと「飲まなくて分かるの?」と、ブレアは首を傾げた。
「ああ、いや、すまない。紅茶ではなくて、カップの縁が蝶の羽のように薄いなって」
「蝶の羽は言い過ぎよ」
ブレアはクスクスと笑うと口元に手を当てた。
「キースは相手の危険さを分かっていたんだろうな。だから自警団の仲間や友人を巻き込みたくなかったんじゃないかな——美味いな」
鼻から抜ける風味と、舌の上に広がる渋みの無い甘みと温度に、ブレアと紅茶を交互に見た。
「ありがとう。私ね、ボニータになら頼るかもしれないわ」
本気とも冗談とも分からない彼女の言葉に「私は既に頼りにしてるぜ」と返した。ブレアは瞳を大きく開いて私をしばらく見詰めていた。
「とりあえず自警団の連中には、キースが何を調べていたかを追ってもらっている」
私はブレアの視線から逃れるように、カップに口をつけるとそう言った。
「ところで、そのガラス瓶はなんだ?」
ブレアはせっかく淹れた紅茶を、次々とガラス瓶に注いでいた。
「冷めちまうだろ」
「冷ましているのよ」
「美味くないだろ」
「飲まないわよ」
少し良くなった彼女の印象が、この短い会話で元に戻るのを感じた。
「カインの様子はどうだ?」
私は話題を変えることにした。
これ以上続けると関係にヒビが入りそうだった。
「記憶以外はもう大丈夫よ」
「抜けたのか?」
「ええ、もちろん。もう家に帰しても良いくらいよ」
「母親の元に戻すのは賛成だけど、環境と安全性だな」
「そうね。あの場所は衛生面で最悪だわ」
「それに——」
私は初めて訪れた日のことを思い出していた。
「尾行が居たんだよ」
情報を集めて親子の元へ向かう私に、尾行がついていた。あれは親子の監視も兼ねていたのではないのだろうか。だとすれば戻す訳にはいかないと思った。
「それじゃぁ」
ブレアはパンと手を叩くと、満面の笑顔で私を見た。




