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BB  作者: 浅見カフカ
ハルドゥの悪魔篇

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3/19

アデルの森

鬱蒼うっそうと繁る森は、秋の入口だと言うのに、未だ陽の光を遮っていた。

「半年前だと春先の話か」

私はそう独りごちて枝葉を見上げた。

真夏や残暑が厳しい今時期ならば、この涼しい森に来ようと思うだろうけど——

片膝を着いて地面に触れた。

湿り気を帯びてひんやりとした土は、良い土のように感じた。

なのに下草がほとんど生えていないのは、やはり陽射しのせいなのだろう。

だからこそ、香油の瓶が転がっていても見つかったのだろうが、この森に入る理由が見つからなかった。

不意に背中に気配を感じた。

いや、雑に近付く足音は葉ずれに紛れて聞こえていた。

私は片膝を着いたまま前に転がって距離を取ると、振り向きざまに腰のショートソードを抜いた。

その切っ先の向こうには、目を丸くして両手を振る、丸太のような腕の男が立っていた。

「待て待て、俺は木こりだ。ハルドゥの事件があった森で、アンタ何してるんだ」

「アンタこそ、そんな事件のあった森に一人で来るなんて、いくら木こりでもおかしいだろ」

私は切っ先も視線も真っ直ぐに向けたまま、そう言った。

「あれは若い女と子供だけを狙う悪魔だからな」

木こりはそう言うと、腰に提げた斧をゆっくりと外して遠くに放り投げた。

「アンタを信じる根拠は?」

「あの斧に俺の手は届かない」

木こりは、遠くの草むらに落ちた斧に視線を向けた。

「ああそうか、そうだった。済まなかった」

私もそう言って剣を下ろした。

「女房がな、怖がって外に出なくなってな。買い物どころか、洗濯物を干すのも俺がやってるんだ。若い女だけだって言っても聞かねぇんだ」

男がそう言って人懐っこく笑うものだから、私もつい釣られて笑ってしまった。

「ただ、アンタは若い女だ。こんな所に居ちゃいけない」

木こりは少し怖い顔をして、人差し指を私に向けた。

「そうはいかないんだ。酒場のマスターから依頼を受けてね」

私は立ち上がって土を払いながらそう言った。

「ああ、アンタがあの流れ者か。もう噂になってるよ」

「なら話が早いな。少し聞かせてくれないか」

私はそう言って協力を仰いだ。

「——そうか、クリスが香油の瓶を見つけたのか」

クリスが瓶を見つけたのは、ベスの行方が分からなくなってから三日後のことだった。

街中の人間が総出で探した翌日。

クリスが仕事でアデルの森に入ると、中身が入ったままの香油の瓶が転がっていた。

「ちょうどその辺りだよ」

クリスは、私が立っている辺りを指差した。

「ベスが香油を買って、他の礼拝者達よりも後から帰ったと聞いていたからピンと来てな」

「ピンと来て、その瓶は?」

「捜索の指揮を執ってた自警団に届けたよ」

このクリスという木こりの目に、嘘は無さそうに思えた。

「なぁ、このアデルの森は昔からいわく付きなのか?」

私にはこの清浄な空気と静謐が、悪魔なんてものと、どうしても結びつかなかった。

「バカな事を言わんでくれ。このアデルの森は土地の水源を守ってくれている有り難い森だ。そんな悪魔の巣のような話なんて全く無い」

クリスは声を荒らげて否定した。

「じゃぁハルドゥの悪魔ってのは?」

「それは昔話の悪魔の名前で、今回の事件になぞらえて、誰とはなく言い出したんだ」

「昔話?」

少し拍子抜けして私は聞き返した。

正直、本当の悪魔退治かと思っていた。

「女、子供を攫ってしまう悪魔なんだ。攫われてしまえばそのまま行方不明に。たとえ戻ってきても全ての記憶を失って、名前すらも言えなくなるんだ」

「クリス、さっき"なぞらえて"と言ったよな。戻ってきた奴が居るのか?」

「ああ、居るよ。ただ、昔話の通りだ」

「全ての記憶が......無い?」

クリスは答える代わりに深く頷いた。




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