カールの話②
詰所から駆け出す二頭の馬を見た街の人たちは、不安そうな視線を向けていました。群衆の中からは「ハルドゥ」という声も聞こえました。
無理もありません。女性たちの行方不明事件が、何の手がかりも無い中です。私たちが白昼に馬で駆け出せば、そういった不安の種を撒くのも当然でした。
私たちは馬の行先が、男の死体だと知っていました。ですが、なにも安堵していたわけではありません。その男を殺した者が獣であれば、人の味を知った獣は脅威になります。そしてそれが人間の仕業であれば、法を易々と踏み越える者は社会への脅威です。
蹄は石畳を打ち鳴らし、まるで終末を告げる天使の楽器のようでした。
私たちは右手にアデルの森を見ながら街道を走りました。左手、丘の上に見える教会が正午の鐘を鳴らしていました。さらに奥には禁足地、領主様の狩場が木々を茂らせて広がっていました。
「あの男、随分遠くまで行っていたのだな」
手網を握るヘンリーが、ディックたちの背中を追いながら呟きました。
「逢い引きだそうです」
私がそう言うと「なるほどね」と呆れた素振りでした。
「それでもまぁ、見つけて貰えた死体にとっては福音か」前を見たままで、ヘンリーはそう続けました。
「そうですね。野ざらしで朽ちるよりは、魂も安らぐでしょうね」
「悪魔に喰われた魂は、どうなるんだろうな」
ポツリと呟いた言葉に、私はマルシェの果物売りの息子を思い出しました。唯一の帰還者のあの子は、言葉を失い、理性すら無くして戻りました。
やがて私たちは森も教会も遥かに越えて、渓谷に差し掛かりました。
上を見れば切り立った断崖の壁。下を見れば絶壁の縁。
ユーレウス渓谷は、ランス領を守護する天然の騎士団と称される要害です。
私たちは途中の木に馬を繋ぐと、慎重に歩きました。足元の小石が崖下へ転がる度に、膝が震えました。
「シムスくん。いくら人目を忍ぶとはいえ、流石にここは良くないと思うな」
私がそう言うと「もう何度も来ていて慣れてしまいました」と彼は言いました。
さらに彼は「最初は私も膝が震えたのですが、彼女の先導で——」と頭を掻いて、この場に似つかわしくな照れ笑いを浮かべました。
「お前さんなぁ」
ディックはそう言うと、眉根を寄せて振り返りました。
「あっ、そこです。あの岩場です」
不意に足を止めたシムスが、崖下の渓流を指差しました。
その指先を目で辿ると、確かに死体が岩の上に仰向けに倒れていました。
その大きな岩は、二股に分かれた急峻な流れに挟まれて、私たちの接近を拒んでいました。
「どうやって上げる?いや、まずどうやって降りる?」ヘンリーの言葉に、私たちは黙り込みました。唯一、シムスを除いて。




