リンゴ
「カイン、ボニータさん特製のハニーバタートーストだ」
私たちは、カインを入れた牢屋で食事をとることにした。中毒症状も抜けて精神状態も安定してきたからだ。ただ、相変わらず記憶は戻っていない。
テーブルにトーストとハムエッグ、ミルク。そしてカットしたリンゴを置いた。
リンゴはとても歪で、少し色が変わってしまっていた。
「お前、不器用だったんだな」
「仕方ないでしょ、リンゴの皮なんて剥いたこと無いもの」
「だから説明したただろ。ナイフじゃなくてリンゴを動かすって」
「だって両方動くんだもの」
口を尖らせるブレアに、短く分厚い皮が散乱したキッチンを思い出して笑い声が出た。
その様子にカインは訳も分からずに笑った。
そしてリンゴを手づかみで口に運ぶと、甘酸っぱさに小さく身震いをした。
直後だった。
「マ......マ」
私たちは顔を見合せた。単に音の繰り返しかもしれないが「ママ」と聞こえた。
そしてこれは、エバの出店で買ったリンゴだった。
「エバも剥き方上手くなかったのかしら」
「味だろ、味」
カインを預かった夜、私たちはエバに銅貨を渡した。「これで売れる仕入れをしろ」と。そして「いきなりいい仕入にはするな」とも忠告した。
エバはあれからリンゴの仕入れを変えたようだった。先日会った時のキッシャーも「リンゴくらいしか——」と言っていた。
急激な変化は疑われてしまう。それでもエバとカインには生活の立て直しが必要だった。
出店でカインの様子を話した時は、その回復に涙を浮かべていた。そして「是非」とリンゴを勧められた。きっとカインが好きだったのだろう。
代金を渡そうとすると拒んだ理由は、私たちへの恩義よりもその辺が理由だったのだろう。
「疑われるから」と小声で押し付けると渋々受け取ったのもいじらしく思えた。
結局、リンゴは全てカインが食べてしまった。
次に会った時、エバに教えたら喜ぶだろうか。
そう思うと自然に頬が緩んだ。
「ちょっと、ボニータ。私の失敗を思い出し笑いしないで」勘違いしたブレアが頬を膨らませると、カインが楽しげに笑い転げた。
「もう絶対にリンゴは剥きません」そう言った後「カモミールを摘んできてちょうだい」と続けた。
「カモミールって」
「お茶会をするって言ったでしょ」
そう言うと食事が終わるやいなや、追い立てられるように屋敷を出された。勘違いの弁明もする間もなく、袋を持たされた私はアデルの森の方へと向かった。
街中にはディコンドラやタイムが葉や根を巡らせて、生えてくる余地がなかった。
街を離れれば、何処かしらに生えているだろう。
あとは仕事熱心な自警団に捕まらなければ良いだけだ。まぁ、それももう杞憂だろうが。




