風
「ランス伯と神父が繋がっているのは間違いない。ただ、理由や目的が分からない」
私たちは荘園から住宅街の路地へ戻ると、小声で話し歩いた。
「あのね、ボニータ。前の神父様は正教会の大司教に出世なさったの。いずれは枢機卿なるのではとの噂よ」
「交代したのはいつだ?」
「四年前——我が家が平民になった翌年よ。どう、手掛かりになりそう?」
ブレアは楽しげに言うと、私の瞳を覗き込んだ。それはまるで私を試すような仕草だった。
「お前、分かってて言ってるだろ」
「私ね、すごくワクワクしてるの」
ブレアは私の少し先にに出ると、クルリと回って腰を屈めた。
「ボニータが私をギルドから連れ出してくれて、悪魔の噂の事件に携わらせてくれて、そして美味しいドリンクを二人で飲めて」
「なんだよ、それ」
「この街は息苦しいわ。事件が起きるずっと前から」
「それは、ブレア。お前がよそを知らないだけだ。もっと悲惨な土地は、掃いて捨てるほどあるぜ」
「ううん。ボニータは風なのよ。澱んだ空気をかき混ぜる、吹き飛ばしてくれる風」
「ふっ、相手は領主だ。ヤバくなったら風のようにずらかるぜ」
そう言って笑った私の髪を、風が撫でた。ブレアの長い金髪とローブが、その風を孕んで大きくなびいた。
「あっ」
なびく髪の向こうに、荷馬車が停まっているのが見えた。
私の声に振り向いたブレアに「キッシャーが来ている」と伝えた。
ブレアは何度か小さく頷くと「行きましょう」と歩を進めた。
ガラスのドアを開くと、ゼンが視線を上げてこちらを見た。それに釣られるように振り向いたキッシャーが、ブレアの姿に畏まった。
「バーリントン子爵令嬢」深々と頭を下げるキッシャーに「もう平民ですよ」とブレアは困惑した表情で返した。
「ブレア様、ボニータさん、おはようございます」ゼンがカウンターの向こうから出て来て挨拶をした。私とブレアの敬称の差に、彼女の息苦しさの一端を感じた。
「おはよう、ゼン。今日は称号持ちのパンを買いに来たんだ」
「サブレッドですね」
「ブレアに聞いたんだ」
「そうでしたか、ありがとうございます」ゼンはブレア頭を下げると「一斤......でしょうか?」と尋ねた。
「お願いします。ボニータってよく食べるのよ」そう言って笑うブレアに「おい」と言うと、小さく肘でつつかれた。
「カインが居ることを知られたくないでしょ」声を潜めて耳打ちされた。
「あ、ああ。腹が減って仕方がないんだよな」私はそう慌てて話を合わせるとブレアを睨みつけた。




