リベリオン
天使のような寝顔とは、彼女の寝顔を指すのかもしれない。陶磁器のような頬にうっすらと差した紅色。形の良い唇は閉じられて、寝息だけが聞こえた。
見蕩れたまま、起こすのを一瞬忘れた。
「おい、起きろ。もうすぐ日の出だ」
肩を揺すると「んー」と鼻を鳴らすような声を出した。
「ブレア、起きてくれ」
ゆっくりと重たそうにブレアの瞼が開いた。そして焦点の合わないままで、しっかりと抗議の視線だけが私に向けられた。そしてそのままうつ伏せになると、枕に顔を埋めた。
「おいおい、起きろよ。明るくなっちまう」再び、今度は激しく肩を揺すった。
ようやくベッドから降りたブレアに「お前の瞼は、ギルドのドアより重たいな」と言ってやった。
「ハニーバターの染み込んだトーストの香りがあれば、ギルドのドアより軽やかに開くわよ」とブレアは悪びれもせずに言い返した。
「なぁ、帰りにゼンの店に寄らないか?」
「ゼンの店ってもしかしてサブレッドのこと?」
「パン屋だ。そういえば屋号は見なかったな」
「サーブレッド。彼の作るパンに感激した国王陛下が騎士の称号を贈ったのよ、パンにね」
「それでサブレッドか。なるほど領主様御用達も納得だな」
そこまで話したところで、衣擦れの音が止んだ。ようやく着替えが終わったらしい。
「さぁ行きましょう、サブレッドに」
「目的はそこじゃねぇよ」
シャンバラの件を思い出した。ブレアは鼻先にニンジンをぶら下げると、上手く動かせるかもしれない。
「何笑ってるの」
「いや、パンが楽しみだなって」
「ニンジンぶら下げると、言うこと聞くタイプかしら?」ブレアはそう言うと頬に指を当てて首を傾げた。
今なら殴っても神様は許してくれるような気がした、多分。
私たちはニンジンを互いの鼻先にぶら下げながら、屋敷の抜け道から裏手の通りに出た。そのまま領主の荘園までブレアを連れ出すと「この向こうが見たい」と指をさした。
「神父じゃなかったの?疑っているのは」
「どっちもだ」この向こうには絶対にアレがある。
「キッシャーって男が居るんだ。領主のところの、所謂農奴だ」
「奥さんが行方不明になった人ね」
「アイツの手が赤く荒れていたんだ」
「境遇には同情するわ」
ブレアは眉を寄せて表情を曇らせた。
「いや——赤くただれていたと言えば、分かるか」
私はそう言ってブレアの目を見た。
ブレアの表情がクルクルと変わった。
驚きに目を開き、怒りに眉間に皺を寄せると、最後は右手で目から額を覆った。
「嘘でしょ。先代の偉大な草刈りが無意味なものになってしまう」
「なぁブレア。この塀はいつから巡らされた?おまえが物心着く頃には既になかったか?」
「どういう意味?」
「そのまんまだ。そしてお前の父上が爵位を返上した理由も、そこにあるんじゃないか」
「父は変わり者なんかじゃなくて——」ブレアの手が蒼白く光り始めた。
私の身体はゆっくりと大地の軛から解き放たれて、ふわりと浮き上がった。
「ああ、沈黙の反乱者だ」
高い塀の向こうには、広大な大麻草の圃場が広がっていた。




