フィルター
「あれ、ふたつとも同じ香油ね」
私を見るなりブレアはそう言った。
「そうか。それなら教会帰りの線になるのかな」
「どうして?誰かが教会から貰った別の香油を捨てたってことは無いの?」
「いや、それだとベスが香油を買うことを知ってなくちゃ——」
「キッシャーは知っているわね」
ブレアの口から意外な名前がこぼれ落ちた。彼のあの様子を知っていれば出て来ない名前だ。
「それは無い。絶対にありえない。あれが演技なら、世の中誰を信じたらいいんだ?」
「私はキッシャーを知らないもの。好きに言えるわよ」
ブレアは肩の位置に両手を上げると首を振った。
「無責任なあて推量はよせよ」
私は軽い怒りを覚えた。あんな善良な男が——善良?
「そうか、ブレア。あと一人居るぞ」
そうだ、私は、私たちは知っているから疑わないのだ。最も善良とされる男を。
ブレアの視線が私の言葉を待っていた。私はその期待に応えるように名前ではなく、職業を口にした。
「——神父」と。
「そうね。聖職者というフィルターを外せば最も疑わしいわね。でも何故?そして......」ブレアはそこで言葉を終えると、喉を鳴らすように笑い始めた。
「ああ。馬鹿ね、私たち。カインは最初から教えてくれていたのよ」
ブレアはそう言って続けた。
「ボニータが禁断症状と見破ったのに、どうして悪魔憑きだから神父を恐れたというエバの言葉を思い出さなかったのかしら?」
ハッとした。そうだ、エバは確かにそう言っていた。そして私たちは信仰心というフィルターで、それを当たり前に受け入れて気にもとめていなかった。
「悪魔憑きでもなく、神父を恐れた理由は——」
ブレアが言う次の言葉に、私も言葉を重ねた。
「犯人だから」
そう言ったものの、私だけが言葉を続けた。
「でも、動機は?何のためだ?」
「そんなの知らないわよ」
ブレアは呆れた表情を私に向けた。
「明日は、他の被害者の家族も当たってみるよ」
「共通点を探るの?良いわね。今のところ大人と子供、男と女でバラバラだものね」
「ああ、被害者に繋がりが見えれば動機も推測出来る」
「私はカインと、会話をしてみようかしらね」
「出来るのか?」
驚いて尋ねるとブレアは顔の前で小さく手を振ると「赤ん坊に話し掛けるのと同程度の会話よ」と言った。
「喋るわけじゃないのか。なんか魔法でチャチャッと出来ないのか?」
「魔法はね、物理現象に手を加えるだけなの。書き換えると言った方がいいかしらね。例えば私たちは地面に立っているじゃない?これは、私たちが下に引っ張られているからなの。理由はまだ分かってないけれどね」
「すまんが、簡単に言ってくれ」
頭が理解することを諦めかけていた。
「つまり、地面からの力を書き換えるのよ」
ブレアの右手が蒼白く光ると、私の足元に向けられた。
身体が羽のように軽くなるのを感じた瞬間には、私の足は床を離れていた。
「な、なぁ。これってどれくらい浮ける?」
宙で少しよろけながら、お腹に力を入れた。
「重さと魔術師の力量次第だけれども、ボニータ程度だと私の力なら月まで飛ばせるわよ」
「怖いこと言うなよ」
私がそう言って引きつった笑いを漏らすと「どのくらい飛びたいの?」と可笑しそうに言った。




