塀
「ああ、間違いない。ボニータだ」
マスターもゼンも口を揃えてそう言った。
「時間が勿体ないからあの場で脱ぐって言ったのに聞かないんだよ、この堅物」
「いやいや、ボニータ。それはまた違う理由でしょっ引かれるから」
ゼンが苦笑いして彼を庇った。
「だってここは場所が真逆じゃないか」
「それじゃぁ今日はこの辺を調査したらどうだ?」マスターはそう提案すると、私を連行した堅物を付けると加えた。
「この辺は領主様の荘園や有力貴族の邸宅もあるから、自警団の人間が居れば今みたいなこともないだろ」
多少釈然としないものがあったが、今度はブレアの名前を出す訳にもいかないので提案を受け入れることにした。
「ボニータだ」
「ヘンリーです」
「OK、ヘンリー。早速だけど案内を頼むよ」
「分かりました。任せてください」
「マスター、ゼン、済まないね。メシ食いに行くからよろしく」
「パンも買いに来てくださいね」
「安いの用意しておいてな」
ゼンは再び苦笑いを浮かべると手を振った。
「奥に見える立派な館はバーリントン元子爵の邸宅で、一番手前の通りに近いのはキャピュレット商会の頭首の家だ」
「キャピュレットは貴族なのか?」
「いや、ただの富豪だ。でもそのうち貴族にでもなるんじゃないのかな」
ヘンリーの言い方に含むものを感じた。
「買い叩くのは品物だけじゃないってか」
「まぁ、そんなところだね」
どこかの没落貴族と自分の子供を政略結婚させるのだろう。よくある話だ。
「今のところキャピュレット家から奥に行くにつれて地位が高い家って順番か?」
「概ねそうだけどね。でも出世する家もあれば落ちる家もあるから」
「地位が変わる度に家を変える訳にもいかないか」
そう口にした時、エバの姿が浮かんだ。
「——変えざるをえないこともあるか」私は小さくそう呟いた。
キャピュレット家の横の路地から奥へと歩いた。
石畳の歩道はエバンタイユを模したような扇形を描いていた。
「随分と洒落ているな」
「そういう方たちの住む場所だからな」
「確かに私がうろついたら不審者だな」昨夜のブレアとの一幕が過ぎって思わず笑いが込み上げた。
ヘンリーは不審者と自嘲したことを笑ったのだと勘違いしたのだろう。隣で一緒に笑っていた。きっとコイツは良い奴だ。
バーリントンの屋敷の奥に、先の見えない高く長い塀があった。
「あれは何だ?」
昨夜は全く気づかなかった。
「あれはランス伯の荘園だよ」
「はぁ、デカすぎるだろ」
キッシャーと会った場所からも荷車を押した場所からも、かなりの距離があった。
「なぁ、子爵と伯爵って階級はひとつ差だよな」
「そうだと思います」
「王様だな、まるで」
その辺の事情はブレアが詳しいだろう。
「でもどうしてこんなにも高い塀が巡っているんだ?賊でも警戒しているのか?」
「うーん、やはりそうではないのでしょうか」
私はどうにも違和感が拭えなかった。
こんなもの、賊どころか猪にも破られそうな塀だ。何の役に立つものか。
他に高い塀が必要な理由——
私は最悪な想像を巡らせて身震いをした。




