冷えたビール
「マスター、隠し事はナシだぜ」
CLOSEのプレートを無視して入った酒場で、私はマスターに詰め寄った。
「アンタがどこまで期待できるか分からなかったからな。」
マスターは詫びと言わんばかりに、冷えたビールをカウンターに置いた。
「なんでビールを冷やしてるんだ」
「飲んでみな。もうぬるいビールなんて飲めないぞ」
「ビール自体が高くて飲めねぇよ」
そう言って流し込んだビールは私の口の中で弾け、喉もその奥までも清涼な刺激と苦味で満たした。
私は一度目を見開き、それから瞬きを繰り返してグラスを見た。
「手打ちでいいか?」
「追加報酬の件だけど——」
「冷えたビールをジョッキで、だな」
マスターはそう言って片目を瞑って見せた。
「どういうカラクリで冷えてるんだ?」私がそう尋ねると、魔法陣の書かれたビア樽をマスターは見せてくれた。
「冷える魔法なんだとよ。毎月定額を魔術師ギルドに納めてる」
「ああ」
魔術師ギルドと聞いて自然と背が反った。
「はは、選民意識は強いが悪い連中ばかりじゃないさ」
私の無意識な仕草に察したマスターは、そう言って笑った。
「ま、個人の依頼にしちゃぁ破格だったもんな。自警団からの依頼だったってワケなんだな」
「ところで本題だ。香油を見せてくれ」と手を出した。
「これだ」
マスターはカウンターのキャビネットから、紙包を取り出すと私の手のひらに乗せた。
「クリスが届けた時のままか?」
「ああ、土だってついたままだ」
包みを開けると僅かな土がカウンターに落ちた。
「ああ、すまない」
私が慌ててダスターを手に取ると「気にすんな」と言って、マスターは息を吹いた。
乾いた土と砂粒が床にパラパラと落ちていった。
「そんな上等な店じゃないだろ」
豪快に笑うマスターに、私は信頼と好感を抱いた。
小瓶は教会で貰った物と同じに見えた。蝋付けの封もそのまま。中身も減ってはいないようだった。
「じゃ、借りてくよ」
香油の小瓶を懐にしまうと、私は店をあとにした。
あとは中身が香油かどうかってとこか。もしも香油なら、ベスは帰路で襲われてアデルの森に引きずり込まれたことになる。
——あるいは自ら足を踏み入れたか、何者かの偽装。
「さて、悪魔は存在するのか否か」
そう呟くと、人の増え始めた往来の中を縫うように、私は人混みに紛れた。




