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BB  作者: 浅見カフカ
ハルドゥの悪魔篇

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14/19

子爵家

「カイン、大丈夫。怖くないわ」

ブレアはそよ風のような優しい声で、怯えるカインをなだめた。

威嚇するように唸り、こちらを覗うカインの目は、前と同じだった。

「あなたの言う通り、大麻だと思うわ。でもそれだけじゃない。あれは短期記憶に作用するのだけれど、名前や言葉自体を忘れてしまうものではないわ」

「じゃぁ、何だ?」

「自己防衛ね。精神を保つための」

「どういう意味だ?」

私はブレアの言っていることが分からなかった。

「無かったことにするの、全部。生きていけないほどに辛い記憶は、消してしまうのよ。普通は部分的に欠落するのだけれど、大麻の影響かもしれないわね」

「治せるのか?」

「治療は出来るけど、治るかどうかの保証は無いわ」

「カインの父親は戦争で死んだんだ。父親の思い出を失ってしまうなんて不憫じゃないか」

そう訴えた私に「それでも、封印した記憶が蘇るよりマシかもしれないわ」と、言ったブレアの横顔はゾッとするほど冷たく見えた。

「カイン、少し眠りましょう」

ブレアがカインの頭に手をかざすと、瞼が綴じるより先に充血した白目が見えた。そして糸が切れたように崩れると、その頭をブレアは素早く支えた。

私たちの後ろで心配そうに覗くエバに「しばらく預かるが、心配しなくていい」と告げると、夜を待ってカインを運んだ。

ワイン樽にカインを入れて背負子しょいこで背負った。この年頃にしては随分軽く思えた。

そのまま馬車道まで出ると、待たせていたロバ車に詰んで、御者台のブレアに声を掛けた。

「大丈夫だ、見られてない」

「分かった、出すわよ」

ブレアはそう言うと、ロバに軽く鞭を打った。

小さなロバは私たちを乗せて、ゆっくりと歩き始めた。

揺れる荷台から御者台ににじり寄って「やっぱりロバだと遅いな」とブレアに話し掛けた。

「馬は管理されているから、使ったことが筒抜けになるのよ。カインの治療をしていることはおおやけにならない方がいいでしょ」

「軍備に直結するからな、馬は」

戦争にも叛乱にも馬は不可欠だ。戦下手と評される当代ではなく、先代ランス伯辺りが始めたのだろう。

「農家に交渉して牛を借りれば噂にもなるだろうし」

「ロバが適任って訳か」

そう思えば左右に揺れる尻尾も可愛く見えてきた。

ロバ車は中央公園からランス伯の城へ続く馬車道に入った。この通りは貴族や騎士、富裕層の商人が居を構える道だ。基本的に、奥へ行くほど地位が高くなる。

「お前、こっち側の——いや、あっち側の人間だったのか」

「父は先代に仕えた子爵だったけど、当代になって返上したの。だから今の身分は平民よ」

少しずつ、魔術師ギルドでの連中の反応の意味が分かって来た気がした。

「あの角を曲がればもう少しよ」

ブレアがそう言った矢先だった。

ガチャガチャと金属がぶつかり合う音が聞こえ「止まれ」と声が掛かった。

ロバ車の前に、ランス伯の私兵が三人現れると一人が荷台へと回った。

全員プレートメイルを着込んだ正式な騎士だ。胸にはランス家の紋章の双頭の蛇が刻まれていた。

「こんな時間に、この道を通る理由は何だ?」

「自宅に帰りますの」

ブレアは被っていたローブのフードを下ろして荷台を振り向いた。

「バーリントン子爵の!」

「もう子爵家ではないわ。通ってもいいかしら?」

ブレアはそう言って訂正して微笑むと、手網を握った。

「待ってください。これはワイン樽ですね。何故このような時間に?」

「それは......」

ブレアは言い淀んでから口許に手をやると顔を赤らめた。

「貴族の特権を失って、初めてランス伯に庇護されていたと思い知らされています。ワイン樽を運ぶ人夫を雇うお金が相場よりも低くて、こんな時間まで見つからなかったのです。おまけに、この人夫はロバ車を扱うことも出来ずに、私がこうして御者の真似事まで——」

「もう、大丈夫です。分かりましたから通ってください。昨今はハルドゥの悪魔などが囁かれています。どうかお気を付け下さい」

騎士たちはそう言うと、道を開けて私たちを見送った。

通りを曲がり邸宅に続く道に入ってようやく人心地ついた

「おい、人夫ってなんだよ」

「上手く切り抜けられたじゃない」

そう言われた私は、返す言葉もなくて口ごもるばかりだった。




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