イシゴニスの炎
「まぁ!」ブレアはそう感嘆の声を上げると、藁屑が髭のように飛び出した壁に手を触れた。
「これが日干しレンガなのですね」
「声がデカイ」
声をひそめて注意すると、ブレアはこちらを振り向いて「これは実に理にかなった材料なのよ」と話し始めた。
「これは呼吸するレンガなのよ。だから部屋の湿度を保ったり、一定の温度を維持したりも出来るの」
「そうなのか」
「ただ、強度が弱いから藁屑を混ぜるのだけれども、多湿の気候には向かないのよね」
「じゃぁ、この辺りの夏にはダメじゃないか」
私がそう言うと、ブレアは壁を指先で擦って匂いを嗅ぐと親指で細かな砂粒をほろった。
「藁が飛び出てるでしょ。これは混ぜた藁じゃないのよ」
「違うのか?」
「牛糞を塗った跡よ。防水加工になるの」
私は思わず後ずさって顔をしかめた。
「大丈夫よ。この家が塗ったのは随分前よ。乾いてしまえば臭いはしないの」
「じゃぁこの辺の、この独特な臭いは——」
「新たに防水加工をしている家があるのね。定期的に必要なことだから」
心配は杞憂だったが、別な方向に心配になった。
こういった場所の連中は過度な干渉や興味を持たれるのを嫌う。
実際、落ちぶれた自分を誰かに見られて嬉しい奴は居ない。
いくら合理的な構造でも、泥と牛糞の家に好んで住んでいる訳でもない。
魔術師とは、研究者とはこのような人種なのだろうか。
——いや、ブレアが変わり者を通り越した変人なのだろう。
私は、魔術師ギルドの連中の嘲笑を思い出していた。
「ブレア、ここだ」
入口に分厚い布が掛かった入口の家。
ブレアは廃品で補修した壁に目を遣ると、私の後に無言で続いた。
「エバ、邪魔するよ」
そう言って中を覗くと、水に黒パンを浸して食べているところだった。
「ああ、すまない」
私がそう言うと「大丈夫です。今日は何か?」エバは、私の後ろのブレアに視線を向けると訝しそうに尋ねた。
「それはライ麦パンね。カインも同じものを?」ブレアはそう言って、カップに浮かんだパンを眺めた。
「はい。最近はあまり食べてくれませんが」
小声でそう話したエバの両手を掴んで「私はブレア・バーリントン。魔術師ギルドの魔術師よ」とブレアはにこやかに挨拶をした。
「ボニータさん、ウチには魔術師に診せるお金は!」余計なお世話だと言わんばかりに語気を強めたエバは、ブレアの手を解いてそう言った。
「大丈夫だ、エバ。捜査の一環だ」
私はそうゆっくりと話すと、ブレアをカインの居る暗室に案内した。
一瞬、闇に視界が閉ざされ、徐々に世界が輪郭を取り戻していった。
その途中で「イシゴニスの炎ではなさそうね」とブレアは呟いた。
それはライ麦パンを食べる人たちの間で起こる奇病の名前だった。
「エバの眼球の動きは正常に見えたし、手指の末端にも異常は無さそうだったわ」
「じゃぁ、さっきの挨拶は」
そう言いかけたところで、急に光が目に飛び込んで来た。
ブレアの右手から、ゼンメルくらいの大きさの光が現れて、周囲を照らした。
「杖無しで魔法が使えるのか」
「基本的なものなら大丈夫よ。精神の集中が必要な時には使うけど」
「普段から持ち歩けばいいじゃないか」
「いやよ、お年寄りみたいで」
そう言うブレアの光の端に、うずくまって顔を床に擦り付けるカインが居た。




