シャンバラ
「高いのか?」
ブレアに案内された店は何というか、端的に言えば私の人生に無い店だった。
シャンバラと書かれたプレートの掛かる、黒みがかった赤いマホガニーの扉。
真鍮のドアハンドルを押し下げて入った先には、ガラスと真鍮を組み合わせたテーブルが幾つも並んでいた。
魔術師ギルド同様に、外気よりも涼しい店内。
その中を案内係に連れられて歩くと、ステンドグラスの施された窓際の席を勧められた。
ビロードの手触りが心地よいソファーに身を沈めると、目の前にグラスが置かれた。
透明なグラスの中に、透明な液体が注がれ揺れていた。
「頼んでないぞ」と言い掛けた所で、ブレアに止められた。
「一杯目はサービスよ」
水が無料で飲めるなんて話を私は聞いたことが無かった。
外側に汗をかき始めたグラスに目を疑った。
「冷えているのか?」
「ええ、もちろん。だから私が飲んでいたフルーツジュースを出せるのよ」
「あれは果実酒じゃなかったのか?」
「私、お酒はダメなの」
改めて店内を見渡すと、調度品のひとつひとつだけではなく、給仕のひとりひとりの所作に至るまで一級だった。
「高いのか?」
私はまだ銀貨が残っている革袋を、ブレアに見えないように握った。
「ご馳走するわ」
ブレアはそう言って水を飲み干すと、給仕を呼んだ。
フルーツジュースが運ばれた。
給仕が離れるのを待って、私たちは仕事の話を始めた。
「その男の子の凶暴性を抑えるのね」
「そうだ。ただ、大麻の禁断症状だと思うんだが、腑に落ちない部分も多い。だからそこを解決する必要があるんだ」
「男の子は預かれるのかしら?」
ブレアは銀製のストローに唇を当てると薄く口を開いて、黄色味がかった乳白色の液体を吸い上げた。
それを見て 私も同様に口を付けてみた。
僅かに粘性のある液体が舌の上に乗った。フルーツの甘い香りが鼻から抜け、その奥の方に清涼な酸味を感じた。
酸味の主はリンゴだろうか。甘味で一番目立つのは白桃に思える。全体的なまろやかさは牛乳に間違い無いが、他は分からなかった。
頬が緩んで「美味しい」と言葉が口からこぼれた。
「なぁ、これは何が入っているんだ?」私が名前の分かる物だけを言うと、ブレアは「バナナと、パイナップルと、砂糖漬けしたオレンジにレモンの果汁ね」と言った。
絶句した。バナナもパイナップルも、白桃だって王侯貴族や高僧の果実だ。
「こんなの、奢れる金額なのか」
私はブレアに顔を近づけると、小声で尋ねた。ブレアは今日、これを三杯注文している。
「内緒話してるみたい」
ブレアは目を細めて唇の両端を上げると、そこに指を数本添えた。
「私ね、誰かとこうして飲んでみたかったの」そう言ってはにかんで見せると「藁のストローよりも、ずっと飲みやすいわ」ともう一度、ストローに口を付けた。
「ああそうだ、すまん。男の子だが——」
私は頭を振って話を戻すと「とりあえず会いに行こう」と伝えた。
「そうね、それがいいわ」
即答するブレアに、貧民街は平気だろうかと僅かに不安を覚えた。




