異物
汗が伝う頬を、涼しい風が撫でた。
そしてそれ以上に冷ややかな視線。
全身から湯気が上がっているのが分かる。そして犬のように早く浅い呼吸。
自分がこの場の異物だという自覚はあった。
私は足をもつれさせながら歩くと、受付のカウンターに倒れ込むように両腕をついた。
昨日と同じ受付の女性は、一瞬怯んだように仰け反った。
「すまない、遅れてしまった。ブレア・バーリントンが謝罪を受け入れてくれるなら、会って頂きたい」
私は息を整える余裕も無く、呼吸の隙間からそう伝えた。
「あ、あの......」
受付嬢の眉根が寄り、あからさまに表情が曇っていった。
それはギルドの明確な決まりとして当然だった。非はこちらにある。
「ブレア・バーリントンは——」
彼女がそう口にした時「私がどうしたのかしら?」と背中から声がした。
振り向くとストローを差したカップを手にした女が立っていた。
途中、追い抜いた魔術師だ。
「たった今、到着なさいました」
受付嬢は、魔術師の問い掛けには答えずにそう言った。
「あなた、走っていた人ね。遅刻でもしたのかしら?」
「なっ」
口を開けかけた私に喋らせることなく「時間の約束は、信頼を勝ち得る最初の一歩よ」と言うと、ストローでカップの飲み物を吸い上げた。
「お前、私の後から入って来て何言ってんだ!?」さっきまでの気持ちは、もうどこかへ吹き飛んで消えていた。
「だって、美味しそうなドリンクでしたのよ」
「それを買って遅れたって言うのかよ」
「買っていたんですもの、遅れるでしょ」
「じゃぁ、買わなければよろしいのではないのでしょうか」
「——?おかしな言葉遣いね、あなた」ブレアはそう言うと、頬に人差し指を当てて小首を傾げた。
私は眉間に皺を寄せて、カウンターを振り向いた。
彼女は目を伏せて、首を横に振るだけだった。
それでも構わず私はカウンターに左腕を乗せ、右手でブレアを指差すと「コイツの精神系魔法ってのは、人の神経を逆撫でする魔法のことか!」と、怒鳴りつけた。
ホール中の視線も、カウンター奥からの視線も全て私に注がれた。
ガヤガヤというざわめきの中に「またブレアか」という声を、耳が幾つか拾った。
カウンター奥から初老の男性が現れて、受付嬢と代わった。
「ジョセフ・スタンレイとカール・グスタフでしたらすぐに紹介出来ます。どちらも精神系魔法に長けた魔術師です」
彼はそう言うと二枚のファイルを出した。
それを見たブレアは俯いて踵を返した。
クスクスという笑い声と「最短記録ね」などの嘲笑に、彼女は見送られて行った。
「だから紹介するなと言っただろう」
男性は受付嬢に小声で叱責すると「早く選んでもらえ」と言って奥へ戻って行った。
「あ、あのう——」
私は受付嬢の声を背中で聞きながら「ブレア・バーリントン!そのドリンクは美味いのか?」と声を張り上げた。
ブレアは足を止めて振り向くと「ええ、とっても」と、指で目元を拭って笑った。
「連れてけ。そこで依頼を話す」
私はそう言うと、ブレアの腕を掴んで魔術師ギルドのドアに触れた。
音もなく開いた扉の向こうの眩しさに、私たちは目を細めた。




