第57話 ダンジョンコアの悪足掻き。
所詮は悪足掻きですが(身も蓋もない)
幸いノノさんのレベル酔いはレベル200超えてからということで、身体機能自体が上がっていたので、吐くほど酷くはないそうで一安心。
そして、おもむろに転送された先は、これも白っぽい部屋のようだが、内部は暗い。
「ふーむ、〈灯〉?」
取り合えず、第三世界の基本の点灯魔法を進行方向の上方に浮かべる。
「垂水の時もそうだったけど、コアルームって暗いのがデフォなの?」
「そういわれてみればだいたい暗いねえ?」
「完全敗北状態で明るくなんてしてられっか感は判らないでもないわ」
「せっかく100層まで育てたのに、ってか」
敵地の大詰めですが言いたい放題ですオレら。
【キサマラ……ココニキテナオ イイタイホウダイ……】
おお、コアっぽいのが喋った!ってこの声、五斎さんの声では?
身体、乗っ取ったんじゃねえだろうな?
「……五斎を、返しなさいっ!この根性悪!!」
あー、姉ちゃんのスイッチ入っちゃったな。しょうがないけど。
【ヤナコッタ】
「いちいち煽らないと話もできないのかこの三下は」
【サンシタ、ダト!!】
「姉弟揃って煽るのやめなさい。なんでそんなとこが似るのよ」
「そもそものんびり会話をする意味もございませんでしょう?」
イラっとしたんでオレも便乗で煽ったら、リケラには窘められ、そしてノノは……
うん、このレベルにまで育てばはっきり判る。
前世の魂的なものが、今のノノを動かしてるな。
魂というものは、転生したり転変したりする。
それは、時には緩い世界の境界を跨いで。
そもそもオレが第一世界に召喚されたのも、実はその関係ではあったらしい。
当時も今も、それに関する自覚は一切ないがな。
一方でノノは、出会った当初から行動と発言に妙なブレが多かった。
命令に従おうとしてみたり、怯えるポーズでそれを振り捨ててみたり。
言葉遣いもブレブレだ。
だけどそれはいつもシームレスな現象で、切り替わっている、とまでは言えないものだった。
今は判る。本来のノノ、いや満優梨さんの人格はスキル改変の悪影響で極度の情緒不安定になっていて、それを補うために、やむなく過去の、前世人格とも呼べるものが現れて、彼女の改変されたスキルを暴走しないよう制御していたんだ、と。
……そのくらいヤバいスキルなんですよ、【持衰】って。
だってこれ、異界の聖女系スキルなんだよ。この前世さんが持ち込んだ奴のようなんだけど。
最初は気が付かなかったんだけどね、オレも現物見るのは初めてだったから。
今までは、その残滓しか見たことがなかったんだ。
唯一見たことのあるその持ち主は、オレが会った時にはもう愛する人と結婚して子供もいて、スキル自体が死んでたし、その子供には当該スキルは全く受け継がれていなかったからね……
聖女……処女しか持てない特殊スキル。その効果は命を削っての献身と恩寵。
それをこの世界の今のシステムに適合させたはずのものが【持衰】だった。
実際にはうまくかみ合わなかったうえに、人為的な改変でだいぶおかしなことになりかけていたけど。
それが今回、オレが連れ歩いてレベルをガンガン上げたことで元の形態に戻り、ついでに前世さんもパワーアップして、自意識を明確に出せるようになったのが今の状態、らしい。
「大丈夫ですわ。声真似をしているだけです」
「うん、判ってる。にしてもノノちゃん、雰囲気変わったね?」
「ええ、ひと仕事、必要そうですので……レベルが随分上がったのでなんとかできそうですし」
前世さんは、ノノという今の仮名を自分の名と認識しているのか?
(わたくしは『名を奪われ聖女のまま死んだ女』の成れの果てですから。仮のものであれ、名があるだけでもありがたいのですわ)
微かな念話。そんな技能もあるんですかノノさん?
「どっちにしてもお前はもう敗北したんだよ。大人しくとまではは言わんが諦めな」
「他所のコアに迷惑かけるつもりかなー?奈落のアレが知ったら……」
そしてついでなのでもう一押し煽ったら、リケラが謎の台詞。
「ん?リケラ、奈落って地獄の釜の蓋のどこかの話?何を知ってる?」
「我々だって、それなりに調査はしてんのよ。こいつらが横のネットワークも何となく程度に持ってたけど世界の混乱でちょっと孤立気味とかね、ネタは上がってんのよォ?」
【……ギッ……?!】
あ、ガチめに焦ってる。声真似が飛んで、恐らく本来のコイツの声であろう、軋むような高音の音声になった。
「ところでさ、これカチ割らせて貰っていい?正直第二実質ソロ、すげえストレス溜まっててさあ!」
「えー、あたしがやりたい」
「だって第二は姉ちゃんが問答無用だったじゃん」
「うっ」
前座でオレが何か言う暇もなかったことを指摘したら流石の姉ちゃんも一歩下がったので、声のするあたりに歩み寄る。
うん、通常の視界だとかなり巧妙に隠蔽されてるんだけどね。
……魔法の灯に照らされて、影が丸見えでね?
それにしても本当に往生際が悪いなあ、こいつ。
心底、根底の部分から根性が悪いというか。
そう思いつつ、一見、影もなければ隠蔽の何かが施されてもいなさそうな空間の方を殴りつける。
ばりん、と、思った以上に軽い音。あれ?こっちがダミー?
いや、ちゃんとアタリを引いている。
コイツ、自分自身を構成するリソースまで、迷宮の改変に使ったんだ。
だから、脆かった。まあ元々ぶっ壊す予定だったから問題はないんだが……
……ちょっと嫌な連想をした。こいつは、寄生植物。
ダンジョンマスターから奪い取ったものは、知識だけではないのでは?
オレがダンジョンコアを割った瞬間から、白かった部屋が歪む。
壁が崩れた先にあったのは、びっしりと空間を埋め尽くす、徐々に黒に茶色に枯れていく黄色いネナシカズラの蔓。
その奥に。
思うんだけど、姉ちゃんの理性を吹き飛ばすなら最初からコレ見せた方が誘導しやすかったんじゃねえの?
いや、その場合は姉ちゃんに空間丸ごとギッタンギッタンに斬られてどっちみちコアはご臨終か。破壊度合いが変わるだけだな!
枯れていくネナシカズラの奥に、見覚えのある明るい茶色の髪。
びっしりと蔓に絡めとられたその姿は、某宗教の磔刑像にも似て。
恐らくは生命が維持できるその限界まで痩せ衰えた姿、千切れ崩れるネナシカズラに引きずられるように姿勢を崩しながら、眼を閉じたままで、自力で動く気配はなく。
でも、生きている。それだけは、間違いない。
「五斎っっっ!!」
姉ちゃんが倒れこむ寸前の五斎さんを抱きとめる。
その後ろから、ノノがゆっくり歩み寄る。
このフロアも崩れそうで、結構揺れてるんだが、安定いいな?
「五斎……いつきぃ、返事して……目を開けて……」
「限界まで搾取された状態ですから、今はまだ、無理ですよ。応急処置しますね」
ノノがそう述べると、何かの祈りのようなポーズ。
「え?何してるのアレ」
「……レベル移譲かなぁ……?癒しとは違う力っぽい」
リケラがノノのしたことが判らないというので、簡単に解説する。
オレの【譲渡】とは似て非なる技能だな、これ。
「癒しでは間に合いませんもの。ここのコア、本当に存在そのものの限界まで搾取を行ったようですので……」
そういうノノも顔色が悪い。うわ、500近いラインまで上がってたはずのレベルが100を切るトコまで下がってる。そんなに必要?って移譲効率が悪いのか!
「レベルマイナスとでもいうべき状態でしたので、400レベルを移譲しても、50にもならないのです。この技能の効率が悪いせいでもあるのですけど……ほぼ四分の一ですか」
「この世界でその技能を使えるだけでも横紙破りだと思うんだよな……」
オレのツッコミに、それもそうですね、と、今にも消えそうな様子でノノが頷く。
「ではわたくしも元通り、前世の彼方に引っ込むと致しましょう。今の世界に【持衰】は必要ございませんでしょう?」
そう述べると、ノノはふわりと笑ってから、元の……最初に遭遇した時の雰囲気、どこか臆病そうな印象のある中学生の少女のそれに戻った。
この異界の聖女はどこぞのお姫様とは別人です。
といっても、彼女の前世の人の前に死んだ人の誰かではあるらしい。
……つまりあの世界も終わったんだな……?




