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安馬しか買えない弱小馬主の俺、スキル《相馬眼》で“勝てる場所”を見抜く  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)
第二章 錆びついたエンジン

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第13話 錆びついたエンジン

 サビツキノエンジン。


 その馬名を見た瞬間、正直に言えば、少しだけ笑いそうになった。


 錆びついたエンジン。


 競走馬につける名前としては、かなり癖が強い。


 だが、資料を読み込むほど、笑えなくなった。


 中央で六戦未勝利。

 芝一二〇〇メートルで四戦。

 芝一四〇〇メートルで二戦。


 着順は、九着、十一着、七着、十着、十二着、八着。


 前には行ける。

 スタートは速い。

 だが、直線で止まる。


 短評には、何度も似たような言葉が並んでいた。


『先行失速』

『直線一杯』

『気性難』

『折り合い欠く』

『終い甘い』


 終わった馬。


 そう判断されても仕方ない成績だった。


 けれど、俺はその馬のレース映像を見ながら、首を傾げていた。


「……止まってるんじゃない」


 六戦目の映像を、もう一度巻き戻す。


 芝一二〇〇メートル。

 ゲートが開くと、サビツキノエンジンは鋭く飛び出した。


 速い。


 前へ行く力だけなら、未勝利馬とは思えない。


 だが、鞍上はすぐに手綱を抑える。


 逃げるな。

 控えろ。

 折り合わせろ。


 そう言われているみたいに、馬の首がぐっと上がる。


 サビツキノエンジンは、明らかに怒っていた。


 行きたい。

 前へ行きたい。

 なのに人間が止める。


 そのまま二番手の内に収まり、直線を向いた時にはもう余力がなかった。


 最後はずるずると後退。


 八着。


 実況は淡々と告げる。


『サビツキノエンジン、今日も直線で苦しくなりました』


 違う。


 たぶん、この馬は直線で苦しくなったんじゃない。


 直線に入る前に、もう怒って走ることをやめている。


 俺は映像を止めた。


 画面の中の黒鹿毛の牡馬は、口を割って、首を上げ、鞍上に逆らっている。


 その姿を見ていると、頭の奥にまた熱が走った。


 乾いたダート。

 小回り。

 先頭。

 誰にも前を譲らず、砂を浴びず、黒い馬体が逃げていく。


《相馬眼 Lv.1》


《適性:地方ダート・一四〇〇前後》

《脚質:逃げ》

《条件:揉まれない単騎先行》

《注意:抑える競馬では能力低下》

《騎手相性:強気に行き切る騎手》


 俺は深く息を吐いた。


 ハルサメノツキとは真逆だ。


 ハルは、待つ馬だった。

 砂を被らず、外でリズムを作り、三コーナーからじわっと動く馬。


 サビツキノエンジンは違う。


 待たせてはいけない。

 抑えてはいけない。

 最初から行かせて、気分よく先頭を走らせる馬だ。


 勝てる場所が、まるで違う。


 翌日。


 俺は黒川先生と一緒に、サビツキノエンジンが一時的に置かれている牧場へ向かった。


 中央から抹消されるか、地方へ移るか。

 まだ正式には決まっていないらしい。


 馬主はすでに見切りかけている。

 維持費を考えると、これ以上抱えるのは厳しい。

 地方に移しても変わらないなら、早めに手放したい。


 そういう話だった。


「三上さん」


 車の中で、黒川先生が言った。


「はい」


「先に言っておきます。この馬、簡単ではありません」


「分かっています」


「映像を見ましたね?」


「見ました」


「かなり前向きです。悪く言えば、我慢ができない。乗り手の指示に反発する。ハルとは別の難しさがあります」


「はい」


「ハルサメノツキは、待つ難しさでした。この馬は、行かせる難しさです」


 その通りだと思った。


 行きたい馬を行かせる。


 言葉にすると簡単だ。


 でも競馬は、ただ速く走れば勝てるわけじゃない。

 前半で飛ばしすぎれば最後に止まる。

 無理に逃げれば、後続の目標にされる。

 気分よく走らせすぎると、今度は制御が効かなくなる。


 行かせるには、勇気がいる。


「それでも、見に行きたいんですね」


「はい」


「理由は?」


 俺は少し考えてから答えた。


「この馬、負け方を間違えられている気がします」


 黒川先生はため息をついた。


「またそれですか」


「すみません」


「謝るくらいなら、もう少し違う表現を覚えてください」


「じゃあ……使い方を間違えられている気がします」


「ほとんど同じです」


 黒川先生は呆れたように言ったが、完全に否定はしなかった。


 牧場に着くと、担当者が俺たちを馬房まで案内してくれた。


「こいつです」


 馬房の中にいたサビツキノエンジンは、資料の写真よりずっと迫力があった。


 黒鹿毛の牡馬。

 首は太い。

 胸前も厚い。

 目つきは鋭く、落ち着きがない。


 こちらに気づくと、耳を絞り、馬房の中でぐるりと身体を回した。


 壁を蹴る。


 乾いた音が響いた。


「気性がきついですね」


 黒川先生が静かに言う。


 担当者は苦笑した。


「ええ。中央でもそこが一番の問題でした。調教では走るんですが、レースに行くと掛かる。抑えると喧嘩する。行かせると最後止まる」


「ダートは?」


「試してません。芝でスピードは見せていたので」


 黒川先生が俺を見る。


 俺はサビツキノエンジンから目を離せなかった。


 馬房の中で、彼は苛立っている。


 けれど、怯えているわけではない。

 走ることが嫌いな目でもない。


 むしろ、走りたくて仕方がないのに、ずっと違う形を押しつけられてきたように見えた。


「少し、歩かせてもらえますか?」


 俺が言うと、担当者は頷いた。


「いいですよ。ただ、近づく時は気をつけてください」


 引き手に連れられて、サビツキノエンジンが外へ出る。


 地面を踏む音が強い。


 ハルサメノツキとは違う。

 あの仔は、まだ身体を探しながら歩いていた。

 この馬は、力が余っている。


 ただ、その力が前にしか向いていない。


「三上さん、どう見ます?」


 黒川先生が聞いた。


「抑えたらダメだと思います」


「なぜ?」


「首の使い方です。手綱で押さえ込まれると、上に逃げる。上に逃げるから背中が使えない。背中が使えないから、最後に脚が残らない」


「では、どうするんですか?」


「行かせます」


「逃げる?」


「はい」


 黒川先生の目が細くなる。


「中央でも前には行っています。それでも止まった」


「前に行ったんじゃなくて、行きかけて止められています」


 俺は言った。


「この馬、二番手で我慢する馬じゃないです。馬群の中で折り合わせる馬でもない。最初から先頭に立って、自分のリズムで走らせた方がいい」


「速くなりすぎたら?」


「その時は止まります」


「馬主がそれを言いますか」


「でも、抑えても止まっています」


 黒川先生は黙った。


 俺は続ける。


「抑えて止まるなら、一度、行かせて止まるか見たいです」


 担当者が驚いたようにこちらを見る。


「本気ですか? かなり危ないですよ。この馬、行かせたら本当に飛ばしますよ」


「飛ばしても、気分よく走れた方がいいです」


 言ってから、自分でも少し乱暴な言い方だと思った。


 けれど、たぶん間違っていない。


 サビツキノエンジンは、今まで人間にブレーキを踏まれ続けてきた。


 錆びついているのではない。


 アクセルを踏ませてもらえなかっただけだ。


 黒川先生はしばらくサビツキノエンジンの歩様を見ていた。


「ダート替わりについては?」


「合うと思います」


「根拠は?」


「脚の上げ方と、力の使い方です。芝で切れるタイプじゃない。前に進む力が強いぶん、砂の方が踏ん張れる可能性がある。あと、芝のスピード勝負だと最後に切れ負けする。でも地方のダート一四〇〇なら、先手を取れれば押し切れるかもしれません」


 黒川先生は俺を見た。


「一四〇〇」


「はい」


「一二〇〇ではなく?」


「短すぎると、ただ速い馬に絡まれると思います。一六〇〇だと最後が長い。最初は一四〇〇がいいです」


「また、やけに具体的ですね」


「映像を見て、そう感じました」


「便利な言葉ですね」


「はい」


 否定しないことにした。


 黒川先生は、担当者にいくつか質問をした。


 脚元。

 食い。

 普段のテンション。

 輸送。

 ゲート。

 調教での時計。


 話を聞くほど、簡単ではないと思った。


 脚元に大きな問題はない。

 馬体も悪くない。

 でも気性が難しい。

 抑えると反発する。

 強い騎手が乗るとさらに喧嘩する。

 柔らかい騎手が乗ると、馬が勝手に行きたがる。


 扱いづらい。


 だから、見切られかけている。


「どうします?」


 牧場を出る前、黒川先生が俺に聞いた。


 サビツキノエンジンは馬房に戻り、まだ壁の方を向いていた。

 こちらを見る気配はない。


 愛想のない馬だ。


 ハルサメノツキも愛想はないが、あの仔とは違う。

 サビツキノエンジンは、人間を信用していないように見えた。


「俺は、面白いと思います」


「面白いだけで持つ馬ではありません」


「分かっています」


「ハルとは違います。怪我のリスクも、制御できないリスクもあります。レースで暴走すれば、馬券客にも騎手にも迷惑がかかる」


「はい」


「それでも?」


 俺はサビツキノエンジンを見た。


 頭の奥に浮かんだ映像。


 乾いた地方ダート。

 誰にも前を譲らず、黒い馬体が先頭でコーナーを回る。


 あれは、勝利確定の未来じゃない。

 ただ、この馬が初めて息をできる場所の輪郭だ。


「それでも、見たいです」


「何を?」


「この馬が、誰にも抑えられずに走ったらどうなるのか」


 黒川先生は、しばらく何も言わなかった。


 やがて、小さく息を吐く。


「預かるなら、条件があります」


「はい」


「まず、すぐには買わない。試験的にこちらで数日見ます。調教で制御不能だと判断したら、話は終わりです」


「分かりました」


「騎手も選びます。ハルの時のように浅倉くんが合うとは限りません」


「はい」


「そして、三上さん」


「はい」


「この馬は、あなたの“救いたい”という気持ちだけでは危険です」


 その言葉に、胸が重くなった。


 確かにそうだ。


 負け方を間違えられた馬を救いたい。


 その気持ちは本物だ。


 でも、馬ごとに危険の種類は違う。


 ハルサメノツキは、待てばよかった。

 サビツキノエンジンは、行かせる必要がある。


 だが、行かせるということは、暴走と紙一重だ。


「分かっています」


「なら、慎重に見ましょう」


 黒川先生はそう言って、牧場の担当者と話を進めに行った。


 俺は一人、馬房の前に残った。


 サビツキノエンジンは、こちらを見ない。


「なあ」


 俺は小さく声をかけた。


「お前、錆びついてるのか?」


 黒鹿毛の耳が、少しだけ動いた。


「それとも、ずっと違うギアで走らされてただけか?」


 返事はない。


 当然だ。


 でも、馬房の奥で、サビツキノエンジンが一度だけ鼻を鳴らした。


 低く、荒い音だった。


 まるで、早く走らせろと言っているように。


 その瞬間、俺は思った。


 この馬は、ハルサメノツキとは違う形で、人間に勘違いされている。


 ハルは、勝てる場所を知らなかった。


 サビツキノエンジンは、走り方を許されていなかった。


 錆びたエンジン。


 なら、一度くらい。


 本当に錆びているのか、全開で回して確かめてみたい。

ここまでよんでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけたらぜひ評価お願いいたします。 僕の手の錆が酸化します。いやだめだろ。

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