第二十八話
ベルガー子爵邸の前にはその場に居合わせて襲撃に巻き込まれた商人や、戦闘を終えた領民達が詰め掛け、声高に領主を出せと叫んでいた。
野盗の襲撃に遭った商人たちは皆その場にいた領民に守られて無事であったが、商品の一部に被害が出たり、そもそもこの領地で得られるはずの販売機会を失ってしまったことに立腹している様子である。
なお、領民たちは特に領主の心配などはしておらず、ただひたすらにあのちいちゃくて可愛い婚約者の無事を確かめさせろと怒鳴っている。とんだマリア強火担集団であった。
「あっ、出て来たぞ!」
一応は弁えて屋敷内に押し入ることはせずに門の前に集っていた彼らは、正面玄関から出てきたベルンハルトとマリアの姿を認めて更に声を張り上げた。
しっかりした足取りのマリアを見て一旦は安堵の息を漏らしたが、彼女の表情があまり明るくないことに気付くと、その場は再びどういうことだとベルンハルトを叱責する領民の声で溢れた。
一方で、商人たちは皆と一緒ならベルガー子爵も怖くないもんとばかりに金返せと口々に叫んでいたが、いざベルンハルトのその巨体が近付くと一様にシュンと体を縮こめて領民の陰に隠れた。まるで怯えて脚の間に尻尾をしまう子犬の集団である。
そして辺りがいくらか静かになったタイミングを見計らってベルンハルトがゆっくりと口を開いた。
「……説明が遅くなりすまない。あー、取り急ぎ、せっかく来てくれたというのに襲撃に巻き込んでしまったことをベルガー子爵として謝罪する。あんな雑魚どもに手間取って本当にすまない。なお、この地に滞在している間の損害についてはこちらで補填するので、被害額とその内容についての詳細を書面にて提出してほしい。弁済までの間の滞在費用は当家が負担する」
傭兵稼業は割と書面やら請求書やらのやり取りが多く、襲撃にも慣れっこであるので、対応についてベルンハルトに迷いはなかった。
むしろ淡々とあれこれ説明され、ベルガー領民なんて戦うしか能のない計算の苦手な蛮族だと下に見ていた商人たちの方が面食らってしまった。
実はベルガー領民は傭兵稼業についての契約書を誤魔化されないように、幼少の頃より読み書き計算はみっちり教えられているのである。しかしそれを他領の人間が知る由もない。
それでも、と商人は食い下がった。取れる金は全て取る。そういう商人魂からの言葉だった。
「ベルガー子爵、それで、肝心の結婚式はどうなるんですか。予定通り行うのですか?」
「うちだって観光で来てるんじゃないんですよ。商売なんです」
「そうだそうだー! こんな辺境まで来ての販売機会損失はマジで痛手なんだー!」
領民の背中に隠れながら商人たちはとても頑張って叫んでいた。
ぷるぷると震える子犬がキャン!と叫ぶような言葉であったが、結婚式の日程について問われると途端にベルンハルトは口ごもった。
マリアから準備が間に合いそうにないと聞いてはいたが、詳細はまだ聞いていなかったのだ。
しかし今ここで愛する婚約者を商人からの詰問の標的にする訳にはいかない。
ここはひとつ自分が矢面に立ち、場をなんとかおさめてから結婚式はリスケすると伝えるしかない。
そう思ってベルンハルトが咳払いをしたその時、マリアが一歩前に出たかと思うと、皆に向かってがばりと勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい! 結婚式は延期させてください! 支度がどうしても間に合わないのです! これは私の落ち度です! 本当に、本当にごめんなさい!」
マリアの謝罪に、辺りは水を打ったようにしんと静まり返った。
どういうこと?という視線が飛び交い、その視線に気付いたマリアは目を伏せながら続けた。
「……私の不注意で、婚礼衣装を破ってしまいました。直すのに時間が掛かりますから、申し訳ありませんが、延期させていただきたいのです」
申し訳なさそうにそう説明して、マリアは再び頭を下げた。
隣でベルンハルトがやっぱり死にそうな顔をしてマリアの責任ではないから顔を上げるようにと声を掛けているが、マリアは姿勢を戻しこそしたものの項垂れたままだ。
と、その時。
「お嬢様ぁあああああッ!!!」
転がるようにメイドたちが屋敷から駆けてきてマリアに取り縋った。
屋敷勤めを始めたばかりの、モップで野盗掃除をしていた新人メイドたちである。
メイドたちはぐすぐすと鼻を鳴らし口々に謝罪した。
「申し訳ありません、お嬢様っ。わた、私たちが油断したから、こんな、こんなことに」
「ぐすっ、お嬢様を守らなきゃいけなかったのに、侵入者にやられるなんて、ほんと、情けなくてェ……、私たち、役立たずでェ……ッ」
「武術大会で上位入賞してお屋敷勤め出来るようになったからって、自分の強さを過信してイキった結果、隙をつかれて倒されて、お嬢様のこと守れなくて、だから、だからあいつらにドレスも破かれて……っ、人質になんてされて……っ!」
ついにビェエエエンと号泣し始めたメイドたちに、さすがにマリアも困った顔で彼女たちを宥めることしか出来ないでいる。
パニックに陥った時、自分よりパニックに陥っている人間を見ると逆に冷静になる現象に似ていた。
ちなみにベルンハルトはベルンハルトでマリアに怖い思いをさせてしまった自責の念から変わらず死にそうな顔のままだった。
商人たちは子爵邸の使用人雇用基準て武術大会の成績なんだ、と驚きを顔に浮かべ、領民はメイドの口から明かされた事実に「俺たちのお嬢様の婚礼衣装を侵入者が破った上にお嬢様を人質にとっただと?」と驚きやら怒りやらで一周回って無表情だった。
「せっかくミア様たちがお世話してた花畑も荒らされちゃったし、私たちがもっと強かったらこんな事には……」
「うぅう、もっと強くなりたいよぉ……」
「力が欲しいよぉ……」
ベショベショに泣いているメイドたちを抱き締め、マリアは眉尻を下げて笑って見せた。
「あらあら、泣かないで。皆はとても頑張ってくれたわ。ドレスのことは横着してちゃんと着替えずに移動した私が悪いの。お花だって、お花畑が荒らされてしまったとはいえ、きっとブーケにするくらいなら綺麗なお花が残っているはずよ。だから大丈夫」
「「「お、お嬢様ァア〜!!!」」」
わぁああん!とメイドたちが一際大きな泣き声を上げ、横でその様子を見ていたベルンハルトもいっそその輪に加わって一緒に泣きたいと思い始めた頃。
「お前ら道開けな!」
野太い声によって屋敷前に集っていた人混みが二分割され、出来た花道を通ってゾロゾロと屈強な男たちがやって来た。
「坊ちゃん、話は聞かせて貰ったぜ」
「お前たちは……!」
現れたのは職人通りに工房を連ねる、ベルガー領の職人たちであった。
彼らはぐるりと辺りを見回すと、まずメイドにぎゅうぎゅう抱きつかれているマリアに視線を合わせた。
「お嬢、その婚礼衣装ってぇのは、一から仕立て直すんで?」
突然問われ、マリアは大きな瞳をパチリと瞬かせた後、ハッと我に返って慌てて答えた。
「い、いえ。お父様とお母様が贈ってくださったものだから、破れてしまってもあのドレスが良いの。何とか繕うつもりなのだけど……、大きく破かれてしまったものだから、きっと手直しするにしても時間がかかるわ」
「なるほど。それなら話は早い」
「話が……早い……? それはどういうことかしら」
戸惑うマリアに職人たちは一様にその強面にニヤリと笑みを浮かべて言った。
「お嬢のドレス、俺たちベルガー職人組合に任せて貰いやすぜ!」
その言葉と共に更に現れたのはベルガー領を商業面で裏から支える領内の職人たちである。
ベルガー領の領民たちはその半数が傭兵であるが、もう半分は山羊や羊を飼う他、織物や家具などの手工業を生業としていた。
繊細な彫刻なども扱うことからも知れる通り、ベルガー領民は手先が器用な者が多い。
そして何より職人として働く領民たちもベルガー領民らしく売られた喧嘩は借金してでも買う気質であった。
俺たちの未来の子爵夫人が婚礼衣装を破られて悲しんでいるとあれば、何としてでもそのドレスを修復し、一分一秒でも早く笑顔を取り戻してほしい。
そう、言うなれば、これはベルガー職人組合員の戦いなのだ。
「刺繍とお針ならアタイらに任せなよ!」
「そうだよ、傭兵連中の服だって慣れっこなんだ。繕うのなんて訳ないさ」
「ちょうど婚礼祝いの花飾りを用意してたところだ! ブーケに使えるぞ」
「子供らは花畑の様子を見て来な!」
「「「はーい!」」」
総動員で動き始めた職人たちを見て呆気に取られていた周りの人間の中で、一番に気を取り直したのは商人たちだ。
「布! うち、布あります! 婚礼衣装にも使えるような上等な品ですよ! ドレスを直すんなら必要でしょう!?」
「それならうちには美しいビーズがありますよ! 刺繍にビーズを使って華やかにするのはいかがですか!」
「あっ、それならうちには新品の裁縫道具があります! 婚礼の縁起物で持ってきたのが一式!」
「待って待って、うち糸ありますけど!? 染めたのも染めてないのも! どうですか!」
商魂逞しい商人の鑑たちは、まるで競りにでも参加するが如くの勢いで次々に挙手して商品をアピールし始めた。
そこで口を開いたのがベルンハルトだ。
「必要なものは全てうちで金を出す。好きなだけ使って構わない。すまないが、皆、よろしく頼む」
「お任せくだせぇ、坊ちゃん!」
「坊ちゃんはやめろ」
あとヴォルフに怒られるから領収書は提出してくれ。
ベルンハルトの言葉に商機を得た商人たちは俄然やる気を出して無事な荷物の元へと走り、職人たちは必要な材料を用意するために散開する。メイドたちもドレスを取ってくると言って屋敷に駆け戻っていった。
残った傭兵たちは荒らされた領内の片付けと式場の準備など、職人たちが仕事に専念出来る環境作りに回り、辺りは先程までとは違う賑やかさに満ちていた。
「……なんとか、なるのかしら……」
でもあんな風にザックリ切られてしまったドレスを直すのに、一体何日掛かるのかしら。
期待と不安とが混ざった複雑な表情を浮かべたマリアに気付いて、ベルンハルトは咄嗟に婚約者をその腕に抱き上げた。こうしないと視線を合わせるのが難しいこともあったし、何よりもこれが一番落ち着くと思ったからだ。
「ベルンハルトさま、突然どうなさったの」
「そのまま聞いていてくれ」
目を丸くしているマリアを抱き上げたまま、ベルンハルトは踵を返し作業に入ろうとする職人に向かって問い掛けた。
「それで、どのくらい時間が必要なんだ? 十日か? 一月か?」
その問いに足を止めた職人たちは互いに顔を見合わせてからベルンハルトに返した。
「三日でやってみせますよ」
せっかくの慶事にこれ以上のケチをつけさせねぇよと職人たちはカラカラと笑い、今度こそ作業に入るためにその場を去っていく。
ベルンハルトは職人たちの背中を見送り、そして腕の中の婚約者へと視線を向けた。
「ああ言っているので結婚式は予定通り行おう」
微笑むベルンハルトに、マリアは感極まって目を潤ませたが、何とか泣くのは我慢して声を震わせながら微笑みを返した。
「……はい、ベルンハルト様。私も出来ることを致します」
「あぁ。一緒に頑張ろう」
「ベルンハルト様……」
「……マリア」
ようやく小さく微笑んだマリアに、ベルンハルトも微笑みを深める。
そして何となく良い雰囲気になった二人の顔がゆっくりと近付き、マリアはそっと目を閉じた、が。
「お嬢様、いけません!」
すかさず屋敷の中から侍女の待ったが掛かったため、二人の二度目のキスは持ち越しとなったのだった。




