第二十六話
「いやぁ、それにしてもサプライズで登場してお前の結婚を祝ってやろうと思ったら、まさか領地が襲われているとはな。流石の僕もビックリしたぞ」
はっはっはと笑うバルタザールの言葉に頷いたのはベルンハルトの父・フォルクハルトと母・ジャンヌだった。
フォルクハルトは指先で髭を撫でつけながら、ジャンヌは溜め息を吐きながら、息子へと視線を向けた。
「全くですな、殿下。結婚式の前祝いとして領を挙げての喧嘩祭りかと思ったら野盗なんぞに襲撃されおって」
「こういったタイミングで襲撃を受けやすいことはきちんと教えていたつもりですが、本当に至らぬ息子でお恥ずかしい限りですわ」
言葉だけであれば普通の貴族に聞こえるかもしれないが、屋敷に完全武装で現れた二人である。
新郎の両親かつ結婚式に出たいと駄々を捏ねたバルタザールの護衛として王都から同行した彼らは、領内に入って早々に襲撃を察知し、とりあえず襲ってくる者を片っ端からぶちのめしていたらしい。
ちなみにフォルクハルトに至っては、途中まで本当にベルガー領名物・祝いの喧嘩祭りだと思っていたらしく、ベルガー領民の心得『喧嘩はステゴロが鉄則』に則って向かってきた野盗全員を拳で倒してきている。
「北区からこっそり侵入して感動の再会を果たそうとした僕のプランが台無しだ。残念でならぬ」
「あぁ、報告にあった北区の新勢力……」
話を聞いて、上がってきた報告書を流し読みしていたベルンハルトが、あれはお前たちかとげんなりした表情を浮かべた。
お忍びとして来ていただろう彼らは、襲撃に対応する領民にとって突然やって来て野盗をボコボコにする謎の新勢力にしか見えなかっただろう。
領民が思い余ってうっかり野盗ではなくこの二人に襲い掛からなくて本当に良かったとベルンハルトは痛むこめかみを揉んだ。
マリアが膝にいなければ乗り切れなかったなとしみじみ思う横でバルタザールが唇を尖らせて言った。
「代わりにフェルゼンの乙女たちと馬車から喧嘩見物に興じてしまったではないか」
フェルゼンの乙女たち、という言葉に反応したのはベルンハルトではなく、ローザの隣に座ってそわそわモジモジしながら茶菓子を勧めたりなどしていたヴォルフだった。
大きく肩を跳ねさせて、ぎくりと身を竦めたヴォルフの様子にローザが首を傾げて心配そうな視線を送るが、当の本人はそれに気付きもしていない様子である。
「……アッ、やっぱり聞き間違いじゃなかったんだ……」
「ヴォルフさん? どうかなさいましたか」
「ん、いや、何でもな……くはないんですけどぉ……」
まるで悪戯を見つかった子供のような気まずげな表情である。
何とも歯切れの悪いヴォルフに、ローザは目を瞬かせることしか出来ない。
「んん? 何だ? ヴォルフはまだ姉達に頭が上がらんのか。安心しろ。今は全員野盗らの監視につけているからな」
「えっ、ヴォルフさん。お姉様がいらっしゃったのですか」
「……えぇ、まぁ」
バラしやがったなとヴォルフはバルタザールを睨み付けているが、まるでどこ吹く風といった様子でバルタザールは訳知り顔でローザに事情を説明した。
「ヴォルフには四人の姉がいてな。そもそもフェルゼン家は女系家門で領内屈指の女傑の一族。その中に生まれたヴォルフは待望の男児だったという訳だ。しかし、女ばかりの家に男児が生まれるとどうなると思う?」
「それはもちろん大切に育てられたのでは……」
「そうとも大切に育てられたさ。そうだろう? ヴォルフよ」
「あれは玩具にしてたって言うんですよ……!」
幼少期のヴォルフは可愛いからと女物の服を着せられるのは序の口で、姉の身支度の手伝いから買い物の荷物持ち、ちょっとした遣い走り、ベルンハルトと共にミアから剣を習うまでは姉達の戦闘訓練に付き合わされて揉みくちゃにされていた。
そのようにして、姉と従姉妹をはじめ、一族の皆に色んな意味で可愛がられて育ったヴォルフは、立派に女性の扱いに長けた男に育ったのだった。
すべては姉達の機嫌を損ねない為の処世術であったのだが、あまりに情けないという理由からヴォルフは出来れば必要に迫られるまで姉達の存在を秘匿しておきたかった。いい歳をして姉ちゃんが怖いだなんて、好きな女性の前で見栄を張りたいヴォルフにはどうしても言えなかったのである。
フェルゼン家の姉達は普段はバルタザールの護衛として王都に詰めており、領にはほとんど戻らないからいけると思ったのに、ここに来て全てをバルタザールによって明かされてしまうとは。
しかしヴォルフの悲劇はここで終わらなかった。
「だからこそベルンハルトには子供の頃から懐きに懐いてベッタリだったな。今も兄さんと呼んでいるのか?」
「もぉおお! ほんとにやめてくれねぇかな! 言ってねぇから! こいつのこと兄貴とか言ってねぇから!」
幼少期の話まで出されて、ついに両手で顔を覆ったヴォルフへの追撃の主は誰であろうベルンハルトである。
「いや、ついさっきも言っていただろう。ほら、俺が撃たれた時に」
「言ってねぇし!」
「言った」
「大体お前あの時のことなんて絶対覚えてないだろ!」
「胸を撃たれてちょっと呼吸が出来なくなっただけで、お前の声くらい聞こえていたぞ」
「これだからベルガー領民はよォ!」
もうやだ!と両手で顔を覆って俯いているヴォルフを見て、ローザはこうしていると普通の青年なのねとほんの少しだけほっこりした気持ちになった。
激怒した彼も目の当たりしているが、ローザが目にした彼の怒りの理由は、ベルンハルトであったり人質にされた自分であったりと、彼が誰かの為に怒り、行動出来ることを知っている。
確かに怒ったヴォルフは正直少し怖かったが、今自分の隣に座っているヴォルフはローザにはどちらかというと可愛らしく思えた。
大丈夫ですよという意味を込めて俯くヴォルフの背を撫でてやると、ヴォルフの身体が驚きのためにか一瞬強張り、すぐにもっと撫でてとばかりにほんの少しだけこちらに身を預けてくる。
そんなヴォルフにローザは目を細めた。
(本当はあの時ヴォルフさんが領主様を『兄貴』と呼んだのを聞いていたけれど……それは言わないほうが良いわよね)
そんなささやかな思いやりと共に、何だか大きな狼に懐かれた気分でローザはヴォルフの背を撫で続けたのだった。




