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「レムロワは出て行け!」
「いや、逃がしたらこの村の場所を洩らされるかもしれない」
怯えた目をする者、嫌悪感をあらわにするもの、様々だったが歓迎されていないことだけはわかる。当然だろう。彼らアカトの民は俺たち――彼らの言葉を借りればレムロワによって迫害され、この場所でひっそりと暮らしているのだから。俺たちがここにいることは快く思っていないはずだ。
どうしようかと困惑していると、リミィが俺たちの前で両手を広げた。
「この人たちは悪い人じゃないよ!私を助けてくれたんだよ」
「それなら、無碍にはできないのう」
ひときわ大きく響く声が聞こえ、人々は静かになる。
人垣が割れ、声の主と思われる老婆が進み出た。
「長老」と誰かがつぶやいた。
「その子のことをずっと探しておったのじゃ。わしらの大切な家族じゃからのう。その家族を連れ戻してくれた者を礼だけ言って返してしまうのは非情と言うもの。もう日も暮れたしの。もしよければ、今晩はここに泊まるといい」
確かに今から山を下りるとなるとかなり危険だ。願ってもない申し出だったため、素直に礼を言う。
長老の言葉もあってか、先ほどまでのピリピリした空気はだいぶ和らいだような気がする。
「部屋に案内しよう。礼もしたいしのう。ついてまいれ」
俺とアルトは老婆の後をついていく。人々は徐々に散っていき、それぞれの作業に戻っていった。
「さて、わしのことは長老と呼んでくれればよい」
「俺はガレアスです。彼はアルト。一緒に旅をしています」
「なるほど。それで、何か礼をしたいのじゃが」
大樹の中の部屋に案内され、人心地着くと長老はそう切り出した。
樹の中は思ったよりも暖かかった。寝台が二つあり、柔らかなランプの明かりが照らしている。
「いえ、そんな礼だなんて……。泊めていただくだけでもありがたいのに」
「そう謙遜するでない。言ったじゃろう。リミィは家族なんじゃ。お主らには恩がある。それにリミィの言うように、お主らは悪い者にはみえんからのう。何か礼をしたいのじゃ」
そう言われてもすぐには思いつかない。アルトを見るが、彼は目を伏せて沈黙していた。
しばし思案する。長老もこちらをじっと見ていたが、やがて少し驚いたように口を開く。
「おや、お前さん、少し服を脱いでみなされ」
……突然何を言い出すんだこのおばあさんは。俺の方を見ているから俺に言っているのだろう。
「年寄りに裸を見せることを恥ずかしがるでない。ほれ、早く脱ぐのじゃ。いや、背中を見せるだけでよいぞ」
随分とせっかちなようだ。理由を問うが、「早く」としか返ってこない。アルトに助け船を求めるが、面白そうに笑みを浮かべているだけだった。……後で覚えていろ。俺は渋々服を胸元までたくし上げ、背中を長老に見せる。
するとやはりといった様子で長老はうなずいた。
「やはりの。お前さん、自分が病にかかっていることはわかっておるな」
「はい。それが?」
「お前さんの病は、原始の呪いじゃよ」
原始の呪い……。いつごろからか大陸で流行りはじめた病だ。患ってしまうと治療することはできないと言われている。そして、原始の呪いに罹ったものは背中に羽のような模様が現れる。だから長老は服を脱げと言ったのか。
「原始の呪いに罹っているものは、わしらはなんとなくわかるのじゃよ。軽度であればわしらの持つ癒しの力で治せるのじゃが……残念ながらお前さんはもう手遅れじゃのう」
病がだいぶ進行しているという自覚はあったため、手遅れだと言われても驚きはしなかった。しかし寿命だけは気がかりだ。何とか死ぬ前に楽園を見てみたいという思いはまだ消えていない。
「俺は、あとどのくらい生きられますか」
「わからぬ。この病の進行具合は人によって様々じゃからのう」
そうなのか。しかし軽度であればアカトの民たちが持つ癒しの力で治せるのか。ふと、街で聞いた噂を思い出した。確かウルアスの王女が原始の呪いに罹っており、治療できる者を探しているはずだ。しかも治すことができれば、褒美をもらえるようだ。
ある考えが浮かび、長老にウルアスの王女が原始の呪いに侵されていることを説明する。
「それで、もし、できればなんですけれど、アカトの民のみなさんの中で一緒にウルアスまで行ってくれる方はいませんか?」
おずおずと言うが、やはり長老は首を横に振る。
「わしらはこの村から外に出るとロクなことにならんからのう。さすがにその願いは聞けぬ」
「そうですよね……」
「まあ、礼は明日までにじっくり考えておくれ。わしはこれで失礼する」
そう言いながら長老は去って行った。
「随分と思い切ったことを言いましたね」
寝台に横になりながらアルトが言う。
「ああ。王女の病をアカトの民に治してもらって、褒美に楽園の鍵をもらえたら……なんてことを考えていたんだ」
「確かに、その方法なら楽園の鍵は手に入ったかもしれませんね」
「まあ、無理な願いだったことは承知しているよ。彼らはわざわざ危険な村の外に出たいとは思わないだろうからな」
アルトは肯定するようにうなずく。
「ところで、アルトは何か望むことはないのか?ここまで来られたのはほとんどアルトのおかげだ。だから礼はアルトが受け取るべきだと思うのだが」
「私はただ、あなたの想いに応えただけですよ。お礼を受け取るべきは、あなたです」
俺は何となく納得できないでいた。
「ひとまず、今日はゆっくり休みましょう」
アルトはそう言ってランプの明かりを消す。俺も寝台に横になり、あれこれと考えているうちにやがて眠りについた。
喉の渇きで目が覚めた。
どこかで水をもらえるだろうか。アルトを起こさないように外に出ようと彼の寝台を見るが、アルトはそこにいなかった。彼も部屋の外に出ているのだろうか。部屋を出てしばらく歩いていると、話し声が聞こえた。一方はアルトのよく通る声、もう一方は長老だろうか。会話が聞こえるところまで近づき、木の陰に身を隠す。……隠れる必要はないが、なんとなく隠れてしまう。
「前回はお前さん一人だったから許したものの……レムロワを連れてくるとは……」
とぎれとぎれにそんな言葉が聞こえてきた。表情はわからないが、長老の声は少し怒気を含んでいるようだった。もう少し彼らに近いてみる。
「申し訳ありません。しかし彼は純粋にリミィを家に帰してあげたいという思いでここに来ました。悪人ではありませんよ」
「わかっておる。じゃがもう二度とレムロワを連れてくるでないぞ。わしらはエミリの息子であるお前さんだから、ここに来ることを許しているのじゃ」
「はい、承知しています」
「もうよい、戻って眠るがよい」
そこまで聞いて、アルトが部屋に戻る前に寝台に入っていなければと急いで戻る。寝台に横になるとじきに、アルトが部屋に入ってくる音がした。俺は目を瞑る。アルトは何者なのだろうか。知識が豊富で、この村の場所も知っていた。ただの吟遊詩人ではない気がする。彼については知らないことが多い。そんなことを考えながらうつらうつらしていると、ふと、のどが渇いていることを思い出した。
ああ、そういえば、結局水を飲み損ねた。




