8
翌朝、結局何も思いつかないままアルトと共に部屋を出る。
広場には長老とリミィとその両親を含めた数人がいた。
リミィの父親が近づいてくる。
「おはようございます。ゆっくり休めましたか?」
「はい。とても快適でしたよ」
俺は微笑みそう返す。
「それは良かった。改めて、お礼を申しあげます。リミィを連れてきてくださってありがとうございました」
そう言ってリミィの父親は深々と頭を下げる。
「いえ、そんな。ほとんどアルトのおかげですし、俺は大したことをしていませんよ」
実際この村までの道案内をしたのはアルトで、俺はただついてきただけだ。
なあ、とアルトの方を見ると、彼は微笑んで、
「あなたの心意気は立派でしたよ」
と言った。
「それで、お主らを見送る前に、何か礼は考えたかの?」
ゆっくりとした動作で長老が俺たちの前に進み出る。
「それが、結局何も思い付かなくて……」
俺は頭を振りながら答える。
「実は、わしらも一晩考えたんじゃが、そのう……やはりお前さんが最初に言った願いを聞こうと思ってな」
最初に言った願いというと、アカトの民をウルアスに連れていきたいというものか。
「良いのですか?アカトの民にとってはあまり良いことではないのでは……」
「セレナ様がそうせよと仰ったのじゃ」
「セレナ様?」
「わしらの創造神のような方じゃよ」
お告げのようなものがあったのだろうか。
何にせよ、この願いが聞き届けられるのはありがたい。楽園に少し近づいた気がした。
「それで、お前さんと共に旅をしてもらうものじゃが……ツィアナ!」
長老が大声で呼ぶと、ツィアナと呼ばれた少女が驚いたようにこちらに来る。
年の頃は17、8といったところか。淡い栗色のまっすぐな髪は後ろで一つにまとめられている。気の強そうな瞳は赤みがかった茶色だ。
「私ですか⁉」
少女は困惑しているようにも見えた。
「そうじゃ、お主が彼らと共に行くがよい」
「嫌ですよ、こんな得体の知れないおじさんたちと旅をするなんて!」
ずいぶんな言われようだ。
「お主はずっと村の外に行ってみたい、旅をしたいと言っていたではないか。癒しの力も強いし、適任だと思うのじゃが」
「でも……」
「お主が行きたがっていた城や、街や、市場を見られるぞ。それにツィアナのことを信頼しているから、わしはお主に任せたいのじゃ。セレナ様のお言葉もあるしの」
長老に諭されるように言われると、ツィアナは渋々といったように頷いた。
「わかりました……この人たちと一緒に行きます。……よろしく」
最後の言葉は俺たちに向けて、素っ気なく言った。
「ああ、よろしくな」
俺はなるべく彼女に良い印象を与えようと笑みを作るが、ふいと顔をそらされる。先行きが不安だ。
「よろしくお願いします」
とアルトも言うが、彼女はふん、と鼻を鳴らしただけだった。
そんな様子を見て長老はため息を一つついた。そして俺に向き直る。
「しかしお前さん、なぜ王女の病を治したいのだ?」
長老の問いに、俺は気を取り直して答える。
「褒美として、ウルアスの国王が持っていると言う楽園の鍵が欲しいのです。楽園に行くことが夢なので」
「なるほどな。しかしあの地にあまり期待するでないぞ。あそこは我々が捨てた場所。今ではどうなっているかもわからぬ」
続けて長老は言う。
「しかしまあ、あの地に眠る竜ならば、お主の病を癒せるかもしれぬな」
軽く発せられた言葉に、一瞬思考が止まる。今なんと言った?病を治せる?竜?
「あの、それ、どういう……?」
「お主らが楽園と呼んでいる地には、竜が住んでいるのじゃよ。わしらの祖先と共に暮らしていた竜が。その竜はわしらよりも強い力を持っておる。故に、お前さんの病も治せるかもしれぬ」
竜は伝説上の生物だと思っていた。それが楽園にいて、しかも原始の呪いを癒す力があるという。ますます楽園に行かねばという思いが強くなった。
「さて、気をつけて行くんじゃぞ。特にツィアナを、何かあったら守ってやって欲しい」
あとの言葉は主にアルトに向けて言った。
ツィアナは「自分の身くらい自分で守れる」と頬を膨らませている。
「わかりました。泊めていただき、ありがとうございました」
頭を下げ、広場を後にしようとすると、リミィが駆け寄ってきた。
「おじちゃん、もう行っちゃうの?」
と、少し寂しそうに言う。
「ああ。もう行かないと」
俺はリミィの頭を撫で、お別れを言う。
「また遊びに来てね!」
「ああ、また来るよ」
次はおそらく歓迎されないだろうが、しかしそう答えた。
リミィの満面の笑顔で俺たちは送り出された。
一人減って、また一人増えた俺たち一行は再びウルアスへと向けて歩き出した。




