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5

まるで嵐が去ったかのように、小屋の中は静かになった。

あれだけの騒ぎにもかかわらずいまだ眠り続けている少女に、俺は兵士によってはぎとられた毛布を掛け、


「ありがとう、アルト。君が彼と知り合いでよかった」


と、窮地を救ってくれた男に感謝を述べた。


「知り合いは多い方がいいですね」

「そうだな」


苦笑しつつ、俺たちは椅子に座る。


「しかし吟遊詩人とはな。知識の多さや言葉遣いから、てっきり家出した貴族かと思っていた」

「各地を旅し、様々な話を聞きました。なので、自然と多くの情報が入ってくるのです。私の両親は旅芸人でしたからね」

「でした?」


アルトの言葉に首をかしげる。


「ある日盗賊に襲われ……生き残ったのは私と師匠だけでした」

「それは……すまない」


しかし彼は気にするなというように微笑み、首を振る。

俺は話題を変えようと、ひとつの疑問を口にした。


「吟遊詩人はみな、何か楽器を持って旅をしていると思っていたのだが……」


アルトが持っているものと言えば、腰に下げている剣くらいだ。


「楽器は重いですし、旅には邪魔になることが多いんです」


もっともなことを言う。

それでいいのか、というような目を向けると、


「それに、私は私自身が楽器ですから」


と、胸を張り、「よろしければ一曲唄いましょうか」などという。

聴いてみたい気もしたが、寝ている少女のことを気遣い、


「また今度な」


とだけ返した。



少女が目を覚ましたのは明け方のことだった。

いつの間にか再び机に突っ伏すように寝ていた俺は、少女の小さな声で目を覚ました。

どうやら水を欲しがっているようで、しきりに小さく「お水」とつぶやいている。

俺は急いで立ち上がり、少女に水を飲ませようと彼女の上体を起こす。

少女はわずかに警戒したが、俺の手から水を受け取ると、のどを鳴らして飲み始めた。

やがて一息ついた少女が、ぽつりと問いかける。


「おじちゃんは、いい人?」


その質問の意図はわからなかったが、彼女を怖がらせないように笑みを浮かべた。


「良い人……かどうかはわからないが、君を傷つけることはしないよ」


すると少女はほっとしたように、うっすらと微笑んだ。


「俺はガレアス。君の名前は?」

「私、リミィ」

「リミィか。可愛い名前だな」


そう言うと、リミィは嬉しそうに笑った。

すっかり元気になったようだ。

ここで俺は、アルトを紹介しようとするが、小屋の中に彼がいないことに気が付く。


「もう一人、誰か見なかったか?」


リミィに問うが、彼女は首をかしげる。

どこに行ったんだ……?

心配になり、探しに行こうかと思ったちょうどそのとき、小屋の扉が開き、アルトが入ってきた。

彼の右手には、二匹の兎がいる。耳をつかまれたそれらは、ひくひくと足を動かしていた。

どこに行っていたんだと問うと、「狩りに行っていました」と、飄々と返す。

よく考えれば、一人旅は慣れていると言っていた。心配する必要はなかったのかもしれない。


「おや、目を覚ましたのですね」


アルトは少女に気づき、微笑む。


「ああ、リミィと言うそうだ」


アルトに言い、次いでリミィに彼を紹介する。


「リミィ、彼がアルトリエル。吟遊詩人だ」


すると彼女は驚いたように目を見開く。


「吟遊詩人さん?ちょっと前に、お歌、聞いた」


どうやらアルトを知っているようだ。

どれだけ顔が広いんだ。少しだけ羨ましくなる。


「おや、そうでしたか。それは光栄です」

「なあアルト、この子のことは覚えていないのか?」


さっきの貴族のことは覚えていたのに、と小声で聞く。


「町や村で、たくさんの人に唄うこともありますからね。さすがに全員の顔は覚えられませんよ」


なるほど。確かにこの子は貴族ではないだろう。着ている服からそう考える。


「さて、お腹が空いていませんか?兎、さばいてきますね」


そう言ってアルトは外に行き、再び戻ってきたときには、こんがりと焼けた肉を持っていた。


「これ、さっきのうさぎさん?」


少女の無垢な瞳に見つめられ、返答に困る。


「そうですよ」


しかし平然とアルトは言った。

こいつは……少しは子供の気持ちを考えてやれと言いかけたが、予想に反してリミィは、


「おいしそう!」


と目を輝かせ、肉にかぶりつく。

どうやら俺の心配は杞憂に終わったようだ。


「食べないんですか?」


と差し出された肉を苦笑しつつ受け取った。



食事も終わり、改めてリミィになぜ森で倒れていたのかを聞いてみる。


「私、住んでいる所の外に行ってみたくて、一人で遠くまで歩いてみたの。そしたら、帰る道が分からなくなっちゃって、それで、変な人につかまって……」


そう言えばこの辺に盗賊や人攫いがいると、兵士たちが言っていた。


「その人に小屋みたいなところに連れていかれて、閉じ込められたの。でもそこにいたお兄ちゃんが助けてくれた」

「お兄ちゃんとは?」


アルトが問う。


「本当のお兄ちゃんじゃないよ。きれいな髪のお兄ちゃん。その小屋には抜け穴があってね、私なら通れるだろうって。それからたくさん走って、この森に逃げて、疲れて倒れちゃって……。気が付いたらここにいたの」


つたない言葉で、彼女はそう語った。


「遠くに行っちゃいけないって言われていたのに……私、約束守らなかった……。でもお家に帰りたい」


最後にうつむいて、つぶやく。

俺はリミィの頭をなでた。彼女を家に帰してあげたいと思い、やさしく尋ねる。


「リミィ、君のお家はどこだい?」

「お山にあるの」

「山?」

「うん。大きなお山」

「……」


困った。これだけではどの村かもわからない。

助けを求めるようにアルトを見ると、彼は何か考えているようだった。

しばらくの沈黙ののち、唐突にアルトが言う。


「もしや、アカトの民では?」


まさか、と目を丸くする俺に、アルトがリミィの左手を指さす。


「左手の甲を見てください」


アルトに言われ手の甲を見てみると、蕾のような印がある。


「これは?」

「これはアカトの民が持つ力の印です」


俺はさらに目を見張る。まさかこの幼い少女がアカトの民とは。それも、こんなところで出会うなんて。

同時に、不安が湧き上がる。

今もアカトの民のことを快く思っていない者たちがいる。

そんな人々にリミィのことが知られたら、どんな扱いを受けるか。


「アルト、アカトの民はどこかに隠れて暮らしているんだろ?」

「そうですね」

「それなら、彼女をそこに連れて行ってあげたいんだ。彼女を家に、帰してあげたい」

「同感です。しかしあなたはルコアに戻るのでは?この子は私が引き受けますよ」

「いや、少しくらい寄り道をしてもいいだろう」


ルコアに戻っても退屈で寂しい日々が待っているだけだ。それにアカトの民が暮らしているところに行ってみたいという思いもある。

しかしアカトの民はどこかに隠れて暮らしているのだ。どこにいるのか知っているのか、とアルトに問うと、


「はい、知っていますよ」


彼はいつものように飄々と答える。


「なんというか……お前って、すごいな」


俺はそれしか言うことができなかった。


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