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アカトの木の法則さえ知ってしまえば、戻るのは比較的簡単だった。
来た時とは逆の方向、つまり枝の伸びていないほうへ行けばこの霧の中から出られるということだ。
そうしてしばらく歩いていると、アルトが小さく悲鳴を上げ、立ち止まった。
「どうした?」
俺はアルトの前を覗き込むようにしてみる。
まだ薄く霧がかかっているが、幼い少女が横たわっているのが見て取れた。あちこちすり切れた衣服に、柔らかな栗色の髪が流れている。
「お、お化けではないですよね」
気のせいかアルトの声は少し震えている。
なぜこんなところに幼い少女が一人でいるのか疑問に思いながらもかがんでよく見ると、小さく胸が上下していた。
「生きているようだ」
その言葉に安堵したのか、アルトも俺の隣にしゃがみ込む。
「どうしますか?」
「どうするも何も、こんなところに放ってはおけないだろう」
随分と憔悴しているようにも見える。早く暖かなところで休ませたい。そう思い、少女を背負う。
「あなたがやさしい人で良かった」
微笑むアルトに「当然のことだろう」と返し、再び歩き始めた。
しかし運の悪いことに、木々の間から見える雲は量が増していき、次第にぽつりぽつりと雨が降り出した。俺は雨にぬれても構わないが、少女が心配だ。
彼女に雨が当たらないように、今度は抱きかかえるようにする。
「アルト、あとどれくらいでこの森を抜けられる?」
「まだもう少しかかりますね」
アルトも心配そうに少女を見やる。
「確かこの辺りに木こりが使う小屋があったはずです」
その言葉通り、進む先に小さな小屋が見えた。
「ここは使っても大丈夫なのか?」
「この際仕方がないでしょう」
確かにその通りである。
森から出られたとしても町や村が近くにあるとは限らない。しかもこうしている間にも、雨脚はどんどん強くなっている。
ここはこの小屋を借りるしかない。
「どうやら人はいないようですね」
窓から中をのぞき、アルトが言う。
「そうか、それならありがたくお借りしよう」
そうして、入口の扉を開けようとするが、開かない。押しても引いてもびくともしない。どうやら鍵がかかっているようだ。
妙な既視感を覚えながらも、アルトに扉が開かないことを伝える。
「それは仕方がありませんね。窓を壊して入るわけにもいきませんし、どこか雨宿りできそうな場所を探しましょう」
「いや、待て」
あきらめて小屋を離れようとするアルトを呼び止める。
この扉はさっきのとは違う、『普通の扉』だ。それなら俺にも開けられるかもしれない。
少女を小屋にもたれかかるようにして座らせる。
そして腰につけている袋から、いくつかの針のようなものを取り出した。どれも先端はわずかに曲げられている。
「これはなんですか?」
アルトが近づき、そのうちのひとつを手に取った。
「これを鍵穴に差し込んで、ちょっといじくると鍵が開くんだ」
するとアルトは驚いたように目を見張った。
「あなた、もしかして盗賊か何かですか?」
俺はぶんぶんと首を振って否定する。
「違う。俺は鍵職人だ。これは鍵をなくしたり、開かなくなった場合に使う。だから出来ればこういう使い方はしたくないんだがな」
そう言っている間に鍵は開いた。
「なるほど、すごいですね」
感心するアルトと共に、小屋に入る。
中を見渡すと、入口から見て右手側に暖炉がある。中央には机と、それを囲むように椅子が四つ。入口から一番遠い左手側の奥には簡素な作りの寝台があった。
そこに少女を寝かせ、毛布を掛ける。
これでひとまず安心だろう。ほっと息をつく。
「火を起こしましょうか」
アルトが部屋の隅に積まれた薪を手に取る。
多少の寒気を感じていた俺はその問いかけにうなずいた。
「ああ、頼む」
俺は彼を手伝おうと歩き出したその時、不意に目が回り、次いで激しく咳き込む。
「大丈夫ですか」
アルトが駆け寄り、机に手をついた俺の背中をさすってくれた。そのおかげだろうか、咳は直すぐに収まった。
「大丈夫だ」
俺は彼を心配させないように笑顔を作る。
「雨で冷えたんだろう」
「そうですか……。火は私が起こしますから、あなたは休んでください」
なおも心配そうなアルトの言葉に、俺は素直にうなずいた。
「すまないが、そうさせてもらう」
体のだるさを感じた俺はそう言って椅子に座り、机に突っ伏すとすぐに意識は遠のいていった。




