19
「お主たちのおかげで助かった。感謝する」
竜は頭を下げる。
確かに竜は助けられた。だが、
「楽園は、破壊されてしまった」
思わずつぶやく。うつむく俺の肩をアルトが軽くたたいた。
「草木はまた芽吹きますよ。ましてやここには原始の竜がいるのですから」
「その通りだ。だがお主の力も、ちと貸してもらえんか?」
「もちろんです」
微笑むアルト。
俺が疑問符を浮かべていると、竜が吼えた。アルトも歌い始める。先ほどとはまるで違う、美しく、瑞々しい旋律を。
突然雨が降り、あちこちで未だ燃える炎が消えていった。次いで、黒く焼け焦げた大地が、緑に染まる。
芽吹きだ。
竜の咆哮とアルトの歌、そして雨の力で、ぐんぐんと芽は成長し、あっという間に木々が茂る。花が咲く。
歌と咆哮が止まると、雨も止んだ。草木の成長もそこで落ち着いた。
焼け跡は確かにある。だがその上に生命が根付いている。美しい、美しい場所だ。
見とれていると、ツィアナが「ねえ」と声をかけた。
「おじさんの呪い、診てもらいなよ」
「ああ、そうだったな」
それも楽園に来た目的の一つだ。
竜に事の次第を話し、背中を見てもらう。途端、竜の顔が曇った。
「この状態では、我ですら……。すまんな」
ツィアナとティエラが息をのむ音が聞こえた。
俺もしばらく呆然としていたが、半ば覚悟はしていた。
だが、そうか。受け入れるしかないのか。
「他に望みはないか?できうる限り、叶えよう」
申し訳なさが滲んだ声で竜は言う。
「そうね。せっかくだから何か叶えてもらいなよ」
「だが、俺でいいのか?」
「いいの。私はオマケみたいなものだし。一番楽園に来たがっていたのはあなたよ。皆、あなたに付いて来たの」
アルトとティエラを見る。彼らも肯定した。
「それなら……。それなら俺は――」
楽園の上空を飛んでいた。竜の背中に乗って。
空が白んできている。頬を切る風は若葉の香りがした。
「しかし、何で将軍たちにあっさり捕まっていたんだ?お前ならいくらでも抵抗できただろう」
ふと浮かんだ疑問を竜にぶつける。彼の力ならば、あんな兵士ごとき相手ではないだろう。
「眠っていたのだよ。何百年も、ずっと。それを突然たたき起こされて、対応できると思うか?」
「確かにな。俺も寝起きは良い方じゃない」
そう言って笑う。
あまりの寝起きの悪さに、何度も妻に怒られた。もはや遠い日のことだ。
「この場所は、どうだ」
「美しいよ。まさしく妻と夢見た楽園だ。竜も確かにいたしな」
「そうか。ではこれで、満足したのか?」
「ああ。もう、思い残すことは何もない。皆には本当に、感謝している。もちろん、お前にも」
竜の首を優しく叩き、感謝を示すと、
「ふん。神聖なる原始の竜を『お前』と呼ぶのはお主くらいだ」
と、少し照れたように鼻を鳴らした。
思わず、笑みがこぼれる。
歌が聞こえてきた。アルトが歌っている。儚い歌を。
眼下に流れる美しい景色に目を細め、人生を振り返ってみた。
妻が他界し、自分が不治の病にかかったと知ったときは、絶望しかなかった。しかし妻との約束を果たすため旅立ち、仲間と出会った。
思い返せば、幸せな人生だったと思う。
仲間と旅したこと。
優しい妻と出会えたこと。
鍵職人の息子として生まれたこと。
そして今、美しい楽園で原始の竜の背に乗り、飛んでいること。
竜の背に頬をあてると、翼を動かすたびに動く筋と、ひんやりとした感触が伝わる。その動きと冷たさが妙に心地よかった。
「竜」
「……なんだ」
「ありがとう」
それだけ言って、俺は、目を閉じた。
――
アルトリエルはガレアスを楽園の入り口近くにある木にもたれかからせるように座らせる。いつまでもこの楽園の景色を見ていられるように。
その表情は幸せそうで、まるでただ眠っているようだ。
ティエラはぎゅっと唇を噛みしめていた。
「結局、楽園になぜ鍵をかけたのかお話しできませんでしたね」
アルトリエルがぽつりと言う。
「楽園に鍵をかけた理由。それは――」
「休ませるためよ。竜を。来るべき日に備えて」
アルトリエルの言葉を継いでツィアナが言った。
竜は首をもたげ、あたりの匂いを嗅ぐような仕草をした。
「その日は近い。備えておけよ、人間」
アルトリエルとツィアナは頷く。
「さて、これからどうしますか」
アルトリエルが昇ってきた太陽に目を細めながら二人に問う。
「私は村に帰るわ。この旅のことを長老に報告しないといけないから」
「僕は、いるべき場所に戻ります」
「なるほど。では私はティエラ君に付いていきます」
「それは心強いわね。ティエラ」
「はい。アルトリエルさん、もうしばらく、お願いします」
アルトリエルはティエラに「ええ」と言ってほほ笑む。
「そういえば、鍵。何とかって将軍が持って行っちゃったのかしら」
アルトリエルは薄く笑って頭をふる。
「いいえ。彼が逃げる際、落としていきました。これはツィアナさんが持っていてください。本来アカトの民のものですから」
「わかった。しっかり管理するわ」
ツィアナはアルトリエルから鍵を受け取ると、大事そうに懐にしまった。
「では」
「ええ、行きましょ」
「さらばだ、人間。また逢う日まで」
竜は見送るように翼を広げる。三人は親しみを込めて竜に会釈をし、扉へと踵を返した。
ツィアナは最後に木の根元にいる男を見て、言った。
「ガレアス。あなたは最高の友だよ。私にとっても。アカトの民にとっても」
彼らは楽園の扉を閉めると鍵をかけ、それから各々の旅路についた。
彼らの旅は、まだ続く。




