18
それは俺が思い描いていた「楽園」とはかけ離れた光景だった。木々は倒され、赤々と燃えている。夜とは思えないほどの明るさだ。建物はことごとく破壊されていた。
四方を山に囲まれた狭い盆地のような場所。その中心部。最も低いところから咆哮が聞こえた。
よく目を凝らすと、トカゲが羽を生やしたような巨大な生き物の影が、炎の明かりで浮かび上がる。
「竜!」
はっと息を飲んでツィアナは駆け出す。俺たちもそれに続いた。
竜の周りには幾人もの兵士がいて、竜の四肢を枷をつけて拘束していた。首にも枷がはめられ、それでもなお暴れる竜に、兵士たちは剣をふるった。
「早くそれを殺せ!」
ライラント将軍の怒号が飛ぶ。
「しかし皮膚が固く、剣では傷がつけられません」
「ならば目をつぶし、翼を切り落とせ。後は放っておけば勝手に息絶えるだろう」
なんという残酷さだ。助けたいが、情けないことに足がすくんで動けない。
兵士たちも困惑していたが、意を決し暴れる竜に向かう。
その様子を、ツィアナが黙って見ているはずがなかった。
「やめて!」
叫んで、短剣を構える。
ライラント将軍が竜からこちらに視線を移し、「ほう」と目を細めた。
「あの小屋から出てきたか。だがな、娘。お前だけで何ができる」
「私だけじゃない。みんながいる」
ツィアナがアルトを、ティエラを、そして俺を見る。
「子供と、吟遊詩人と、……お前はなんだ?」
「鍵職人だ」
俺の返答に将軍は鼻で笑った。
「それで?何ができるんだ?」
将軍の問いには答えず、ツィアナはアルトに問いかける。
「アルト、歌える?」
彼は逡巡し、「特別ですよ」と頷いた。
次いでツィアナはティエラに近づく。
「あなた、戦えるでしょう?自分の身を守る程度でいいから」
そう言って二本目の短剣を渡す。
ティエラはおずおずとそれを受け取り、覚悟を決めた顔をする。
「わかりました。実戦は初めてですが、善処します」
ツィアナはティエラに微笑んで、それから俺を見た。
「ガレアス。竜の枷を外して。それはあなたにしか出来ないことだから。お願い」
「もちろんだ」
即答した。
竜を助ける。楽園を守る。そのために、俺たちはここにいる。互いに顔を見合わせ、頷きあう。
その様子を見て、ライラント将軍がいら立った声を上げた。
「何をごちゃごちゃと話している。お前たちには何もできな――」
彼の言葉を遮るように、アルトが歌いだした。力強く、奮い立たせるような歌を。鼓舞するような旋律なのに、将軍や兵士たちは耳を抑え、苦痛の表情を浮かべた。
「殺せ!その吟遊詩人を殺せ!」
将軍が吼える。
兵士が向かってくるが、ツィアナがあっさりと倒していく。短剣を使うまでもない。ツィアナは蹴りを、拳を繰り出しているだけだ。
「ガレアス、早く竜のところへ!」
ツィアナが竜のもとへの道を切り開いた。
駆け寄ると、竜は一瞬威嚇の声を上げたが、「枷を外すだけだ」と言うと暴れる様子もなくなった。
四肢、そして首の枷を外していった。向かってくる兵士はツィアナと、時にティエラが対処していた。
アルトの歌はさらに強力になり、苦悶の表情を浮かべながら倒れる兵士もいた。俺たちは何ともないのに。彼の歌は不思議だ。
「殺せ!殺せ!そいつらを皆殺しにしろ!」
なおも将軍はわめくが、もはや従う者はいなかった。
「楽園は破壊した。後はその怪物を打ち取って、首を持って帰らなくては。そうでなくては、陛下に顔向けができぬ!竜を、竜を殺さなければ!」
剣を手に竜を仰いだ将軍は、その顔を恐怖に歪めた。血の気が引いてくのが、目に見えて分かった。
「我を、どうすると?」
竜はもはや枷に縛られておらず、堂々と立っていた。低く威厳のある声。きらめく炎の瞳。口の端から除く牙。あまりの巨大さに、恐怖に、雷嵐将軍は震え、剣を落とし、尻を地面に打った。
アルトの歌はいつの間にか止んでいた。
将軍と呼ばれた男は、震える足で立ち上がり、
「撤退!撤退だ!」
と叫びながら一目散に楽園の入り口を目指して駆けて行った。兵士たちも慌ててそれに続く。
そして、この楽園にいる人間は俺とアルト、ツィアナ、ティエラだけになった。
あっという間の出来事だった。俺の力は微々たるものだったが、竜を守ることができた。長く、安堵の息を吐きだした。




