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 目を開けると、たき火の揺らめきが見えた。


「ここは……?」


 ゆっくりと起き上がる。先ほどまでは鉛のように重かった体が、どういうわけか今は軽い。


「気が付きましたか」


 その声に目を凝らすと、たき火の向こうに人影が見える。柔らかな体つき。中性的だが整った顔立ち。女性だろうか。たき火の光にきらめく長い白銀の髪と薄紫の瞳が美しいと思った。


「ここで倒れていたのですよ。夜の森は獣も出ますし、危険ですからね。水、飲みます?」

 これまた中性的な声でそう言いながら、その人物はこちらに近づき、水の入った筒を渡す。

「ああ、すまない」


 俺はそれを快く受け取る。

 彼女の言葉からすると、俺が目を覚ますのを待っていてくれたのだろう。

 俺が詫びと感謝の言葉を述べると、彼女は気にしなくてもいいという風に手を振り、


「困ったときはお互い様ですよ」


 と言う。


「しかし一人では危険だと言いながら、君は一人だったんじゃないのか?」


 腰に剣を帯びているものの、ほっそりとした体だ。どこまで扱えるのか。

 しかし俺の心配はよそに、彼女はさらりと答える。


「私は慣れていますから。ご心配なく。それより、なぜこんなところに?」


 この森に入った理由を言って、信じてもらえるだろうか。

 わずかに逡巡したが、思い切って口を開く。


「実は、楽園を探していたんだ」

「なるほど、それならお連れしましょうか」


 彼女の言葉は俺が想像していたものとは違って、あっさりしたものだった。


「君は楽園の場所を知っているのか……?」

「はい。知っていますよ」


 俺はますます驚いた。茶化しているのかと思うほど軽々とした口ぶりだ。


「つい先日行ってきたばかりでして。もし行きたいというのなら、ご一緒しますよ」

「それは……ありがたいな」


 信じても良いのだろうか。しかしもう彼女の言葉にかけるしかなかった。


「そうと決まれば、あなたはもう休んでください」

「いや、俺は平気だ。君こそ休んでくれ」

「それでは、失礼して」


 と、一度は横になった彼女だが、思い出したようにまた起き上がる。


「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。私はアルトリエルと申します。アルトとお呼びください」

「俺はガレアス。よろしく、アルト」


 ここで俺は、ずっと確信が持てなかったことを聞く。


「一応聞くが……その、失礼な質問かもしれないが、君は女性……だよな?」

「違います」


 即答だった。


「名前のせいか容姿のせいかは知りませんが、よく間違われるんですよね」

 半ばあきれたように言う彼女……いや彼に、その両方だと思うぞと心の中で突っ込む。

「それは……勘違いをしていた。申し訳ない」

「いえこちらこそ。女性と二人旅にならなくて申し訳ないです。では、おやすみなさい」

「本当にすまない……」


 彼のとげのある言葉に、俺はそれしか返すことができなかった。




 翌朝、濃い霧の森の中を俺たちは進んでいた。

 少し前までは木漏れ日の中を歩いていたが、次第に霧が出始め、今ではすっかり視界は覆われてしまっている。


「なあ、先も見えないのに大丈夫なのか?」


 周りはほぼ見えない状況で、しかし迷う様子もなく先を行くアルトに問う。


「ご心配なく。もう少しで着きますよ」

「なぜわかるんだ?」

「この木を見てください」


 そう言って彼は近くにある木を指さす。

 俺は植物には詳しくないため、一見して他の木との違いは判らない。


「この木はアカトの木。通称『原始の木』。これはこの森の、特に楽園の入り口付近に多く生えているのです」

「それがどうしたっていうんだ」

「よく見てください。ある方向にだけ枝が長く伸びていませんか」


 霧にかすむ視界の中、目を凝らしてその木を見ると、確かに枝がよく茂っている側と、そうでない側がある。


「この木はもともと楽園の中からもたらされたもの。楽園の気を感じ取り、自然とその方向へ枝を伸ばすのでしょうね」

「つまり、この枝の伸びている方へ進めば楽園にたどり着けるということか」

「そういうことです」

「物知りだな」


 俺は素直に感心すると、彼は得意そうに微笑んだ。

 それからどのくらい歩いただろうか。

 やがて霧は晴れて行き、再び木漏れ日の中を歩いていた。

 突然、アルトが立ち止まる。


「さあ、つきましたよ」


 そう言って彼が示した先に、それはあった。

 森の中、開けた場所に突如そびえたつ見上げるほど大きな扉。

 それは黄金色に輝き、美しいつる草模様が刻まれていた。

 扉のまわりには可憐な白い花が咲いている。


「これが、楽園の入り口……」


 俺は扉に近づき、しばらく呆然とそれを見上げていた。

「まさか、本当にあるとは……」

 何日もさまよい、それでも見つけられずにあきらめかけたこの場所にこうも簡単に辿りつけてしまうとは。

 なんだかおかしな話だった。


「ありがとう、アルト。君がいなかったらここに来ることはできなかった」

「いいえ、どういたしまして」


 笑みをかわし、俺は扉に手を掛ける。

「さあ、開くぞ」

「えっ、あの、その扉は――」


 ぐっと力を込めて押してみる。が、開かない。

 取っ手があるのかと探すが、見当たらない。


「どうなっているんだ……?」


 首をかしげる俺に、アルトがあわてていう。


「その扉は鍵がなければ開きませんよ」

「鍵?」

「そうです。その扉を開けるには、鍵が必要なのです」

「なぜそれを先に言わない」

「言おうとしましたが、それよりも早く開けようとしたので……」


 彼は困ったように言う。

 確かに開けようとしたとき、何か言いかけていた気がする。


「それはすまなかった」


 しかし鍵がかかっているとは思いもしなかった。いったいその鍵はどこにあるんだ。

 するとアルトが俺の心を察したようにこう言った。


「鍵はウルアスの国王が持っていますよ」


 ウルアス。俺の生まれた国であり、グラスティア、エルライアと並ぶ三大国のひとつだ。

 この森はその三大国がちょうど合わさるところに位置している。


「どうして国王が……。いや、国王だから持っているのか」


 その言葉を聞いたアルトは扉にもたれかかるようにして座り、突然こんなことを聞いてきた。


「そもそも、楽園とは何かご存知ですか」


 俺は彼の隣に座りながら頭を振る。

 何か、と言われても、噂や物語として聞く程度だったため、『楽園』と呼ばれる場所があることしか知らない。


「では、少し長いですがお話ししましょう」


 そういって、彼は楽園について話し始めた。


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