プロローグ
月光に照らされ、うっすらと青白く輝く少女が、俺に向かってゆっくりと近づいてくる。
ついに幻覚まで見るようになったか、と自虐気味に笑う。
もう限界だった。
あるのかもわからない『楽園』を探して、何日も森をさまよった。
けれど結局何も見つけられないまま、ただ病だけが悪化し、この場に倒れてしまった。
もうやめよう。あるはずのないものを探すことは。
森を通り抜ける春の夜の風を頬に感じながら、目を閉じる。
「諦めるの?」
少女の声が遠くに聞こえた気がした。
「楽園に行きましょう」
妻が突然そんなことを言い出したのはいつのことだったか。
「楽園?」
「そう、楽園。旅の人がね、アカトの森で大きな扉を見つけたって言っていたの。きっと楽園の入り口だって」
楽しそうに妻は語る。
アカトの森はウルアス、グラスティア、エルライアの三大国の国境が交わるところに位置する広大な森だ。
「楽園なんておとぎ話だろ?」
『楽園』とは昔から伝わる幻の地で、「アカトの森に入り口がある」という噂もある。しかし誰も見つけたことがないので、人々は『楽園』の存在を忘れつつある。
俺も祖母から小さいころにその話を聞いたが、詳しいことは何も知らない。
「違うわよ。きっとあるわ。私は信じる。だから一緒に行きましょう」
はいはい、とその時はただ聞き流していた。
雪の日、彼女の笑顔を突然失ったあの日までは。
「楽園、行きたかったな」
最期にその言葉だけを残して、妻は帰らぬ人となった。




