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澄み渡る青い空が続いている。頬を撫でる風は暖かく、穏やかな気候だ。頭上を二羽の白い小鳥が戯れるように飛んでいく。森を抜け、岩の多い斜面を下っていた。前方にはアルトが先導するように軽やかな足取りで進んでいる。後方にはツィアナが、足取りは重く、恨むような目でこちらを見ている。
さらに、
「セレナ様のお言葉があったから来たけれど……そうじゃなかったら……」
などとぶつぶつ言っている。正直怖い。
俺はアルトに近づいて囁く。
「なあ、ツィアナが怖いんだけど……」
アルトはニッコリと笑う。
「頑張って仲良くしてくださいね」
いや無理だろ。アルトは以前アカトの村に行ったことがあるためか、そこそこ認められているように見えるが、俺に対しては敵意とも呼べるほどの感情をむき出しにしている。
この先うまくやっていかれるのだろうか。思わずため息をつく。
「ところで、アルトはこのまま俺たちについてきてもいいのか?」
今までもアルトの知識に助けられた。これからもついてきてくれるのであれば心強い。
「はい、楽園に行かれる可能性が出てきたので、私も行ってみたいのですよ。もちろん、あなたが良ければですが」
「もちろん、構わない。いや、むしろありがたい」
「そう言っていただけて良かった」
アルトは微笑む。
「しかし、アルトも楽園に興味があるのか?」
「はい。私は吟遊詩人ですからね。楽園へ行き、その景色をぜひとも詩にしたいのです」
なるほど、もっともな理由だ。
その後は特に会話もなく、黙々と山を下り、昼ごろにはふもとの街に着いた。アカトの村に行く前にも寄った街だ。
「今日はここで宿をとりましょう」
「なぜだ?まだ昼だし、川をわたってしまった方が良いんじゃないか?」
「今回もアカトの民であるツィアナがいますからね。関所はできるだけ通りたくないのです。そうなると、川渡しの協力が必要なのですが、彼らに渡すお金が少々足りないのです。なので、この街で稼ごうと思いまして」
「稼ぐ?どうやってだ?」
「私の職業をお忘れですか?」
そう言われて納得する。彼は吟遊詩人だ。歌うことで金を得る。
俺たちは街の端にある安宿に入る。一階は食堂になっており、昼時ということもあってか、どの席も埋まっていた。
部屋は俺とアルトで一部屋。ツィアナの部屋は別にとった。
俺とツィアナは早速部屋に行こうとするが、アルトは街の広場に歌いに行くと言った。
「それなら私も行く。あなたの歌、嫌いじゃないし」
以前アカトの村でアルトが歌ったのを聞いたことがあるのだろう。ツィアナは少し顔をほころばせていた。
俺もアルトの歌を聴いてみたいと思い、3人揃って広場へと移動した。
広場はたくさんの人で賑わっていた。野菜や肉、雑貨などの屋台が多く出ており、客を呼び込む声があちこちから聞こえる。
広場の中央には噴水があった。アルトはそこまで行く。俺とツィアナは彼のそばの噴水の縁に(距離を置いて)腰かけた。
アルトはすうっと息を吸い、歌い出す。
澄んだ歌声だった。歌われている物語が目の前で繰り広げられているような感覚になる。
いつの間にか彼の回りには人垣ができていた。皆彼の歌に聞きほれている。
やがて歌が終わると、どこからともなく拍手が起こり、アルトの足元に広げられた布に硬貨の雨が降ってくる。
「こんなに素敵な歌久々に聴いたわ」
「きっと名のある吟遊詩人なんだろうなあ」
などと言う声も聞こえる。それほどまでに彼のそれは想像以上のものだったのだ。
「わたし、この人の歌は嫌いじゃない。なんていうか……私たちと同じような力があるように思う」
ぽつりとツィアナが言った。
「アカトの民が持つ力と言うことか?」
「ええ、そうね。経験を積んだ詩人の歌には力が宿るって長老も言っていたし。詳しくは知らないけど、戦いにも使えるとかなんとか……」
戦いにも使えるとなると、どのようなものかは想像できないが、かなりの力だろうということはわかる。
「前にも聴いたことがあるんだろ?」
「ええ、あるわ。この人は何度か村に来ているもの」
アルトの歌のおかげか、彼女は緊張がほぐれているように見える。
今なら仲良くできるかもしれない。そう思い提案してみる。
「なあ、よかったら一緒に市場を見て回らないか?」
「え、いやよ。なんであなたと」
ツィアナは間発入れずに答え、さっと立ち上がると、俺に背を向ける。
「私はもう満足したから、先に宿に帰るわ」
そう言って宿に向かって歩いて行った。
彼女と親しくなるにはかなりの時間が必要そうだと嘆きながらアルトを見ると、彼は人々に声を掛けられ、その対応で忙しそうだ。
「もう1曲歌って」
という声に応えて、彼は再び歌いだした。
こうしてアルトは日が暮れ、場所を酒場に移し、夜が更けるまでその歌声を披露し続けた。
おかげでこれからの軍資金は充分に集まったのであった。