第8話
本当に、鋭い視線だ。
受付さん――いや、メリンダは、弱々しく目をそらし、拗ねたように言う。
「別に……」
そのふてくされた態度は、まるで反抗期の子供だ。とても大人のやる仕草ではない。だが私には、受付応対時の事務的な態度より、なんとなく今の方が自然に見えた。
「何が『別に……』だ。お前の方が先に、具現化魔法を使ったと報告を受けている。まったく、何を考えているんだ。殿下の温情で、役所の仕事を与えてもらっているのに、迷惑ばかりかけて。いい加減に、少しは成長しろ。お前ももう16歳なんだから、いつまでも心配をかけさせるな」
厳しさの中に、少しだが、メリンダを気遣うようなイントネーションが含まれている。この二人、兄妹か何かなのだろうか? いや、それよりも驚いたのは、メリンダの年齢だ。16歳ですって? 彼女はどう見ても私より年上で、二十代半ばくらいに見えるのだが……
兵士のリーダーは、「では、一時拘束させてもらう」と言い、私の手に手錠らしきものをかけると、同じものを、メリンダにもかけた。その途端、メリンダの体が弾けたように光り、私は眩しさに目を閉じる。
数秒後、目を開くと、今までメリンダがいた場所には、高校生くらいの、小柄な女の子が立っていた。私は思わず「えっ」と声を漏らし、ほかに尋ねる人もいないので、兵士のリーダーに声をかけた。
「えっ、あれっ、これ、どういうこと? メリンダ……さんは?」
「これが、メリンダの本当の姿だ。変化の魔法を使い、大人の姿をして働いているが、まだ子供なんだよ。すぐ感情的になるし、恐らく、きみにも随分と失礼なことを言ったのだろう。それについては、兄としてこの場で謝罪しておく」
そう言うと、兵士のリーダーは丁寧に頭を下げた。
なんとなく恐縮し、私も頭を下げる。
「あっ、これはご丁寧にどうも……」
ふーん……
なるほどね。
まだ思春期の女の子なら、さっきの行動も納得だわ。
まあ、それにしたって、ちょっと精神的に不安定だとは思うけど。
今のやり取りで、私はなんとなく安心した。
騒動の発端を作ったのがメリンダだということを知っているのなら、一時拘束されたとしても、厳罰に処されたりはしないだろう。
……こういう場合、普通は留置所行きよね。水と食事くらいは出るだろうし、野宿もしなくてすむから、案外結果オーライかもしれない。
お気楽にそんなことを考えながら、前後を兵士に挟まれ、留置所に向かう私とは違い、すぐ隣をとぼとぼと歩くメリンダは、屈辱と悔しさでいっぱいという感じで唇を噛み、大きな瞳の端に涙を浮かべていた。
……なんか、かわいそうになってきたわね。
正体を知らなかったとはいえ、こんな子供相手にむきになって、私、ちょっとみっともなかったわ。少し、慰めてあげようかしら。
「えっと、メリンダ? さっきはごめんね、売り言葉に買い言葉で、カッとなっちゃって。いやー、それにしても、役所の備品、何も壊れなくて良かったわね。確か、こういうのって、物を壊すと罪の重さが……」
「きみ、黙って歩きなさい」
「あっ、はい。ごめんなさい」
前を行く兵士にピシャリと叱られ、私は黙った。
うーむ、結局、慰めるところまで話が進まなかったわね。
まあ、後でまた、話せる機会もあるでしょう。
さてさて、これからどうなるのかしら。
一日でいろんなことが起きすぎて、もう多少のことでは動じなくなってきたわ。度胸がついたのか、それとも感覚がマヒしているだけなのか。どちらにしろ、普通の神経ではこれから先やっていけないだろうし、図太くなるのは良いことだ。
連行され、歩いているうちに、役所を出る。
道行く人々に、手錠をかけられた姿を見られるのはやだなあと思ったが、それは杞憂に過ぎなかった。大通りには出ず、中庭のような場所を通り、すぐ隣の建物に入ったからだ。たぶん、ここでお取り調べをおこなうのだろう。
取り調べと言えばカツ丼。
ああ、お腹すいたなあ……カツ丼、食べたいなあ……
急激な空腹感にたまらなくなった私は、叱られるのを覚悟で、前を行く兵士に尋ねた。
「あの、こんな時間なんで、かなりお腹がすいてるんですけど、取り調べの前に、食事とか出たりします?」
「きみ、連行されてる自覚があるのかね。黙って歩きなさい」
「はぁい……」
明らかにションボリした私を見かねたのか、数秒してから、兵士は質問に答えてくれた。
「心配しなくても、食事は出る。分かったら、目的地に着くまで口を閉じていなさい」
やった。
とりあえずお腹が満たせるなら、もうなんでもいいわ。
それにしても、パーミル王国の兵士さんたちって、皆優しいわよね。門番の人も親切だったし、今私を連行してる人たちも、なんだかんだ言って、思いやりがある。少なくとも、オルソン聖王国の連中のように、私を差別したりはしない。




