第7話
受付さんは、いつの間にか、目尻にうっすらと涙さえ受かべて、『俗物!』『破廉恥!』『社会の敵!』等々、次々と怒りの叫びを吐き出し続けている。隣で鎮座している偽ヘルハウンドの迫力もあり、気の弱い人なら、圧倒されてしまうだろう。
だが私は、言われっぱなしで黙ってるほど大人しくない。
オルソン聖王国に召喚されたばかりの時は、意味不明の状況に、さすがにパニックになり、連中のなすがままだったが、もう二度とあんな惨めな思いはごめんだ。
これから市民権を得なければならないのに、役所でトラブルを起こすのはまずいとも思ったが、よく考えたら、今の状況がすでにトラブルそのものだ。
……なら、もう我慢する必要もないか。
そう思った瞬間、頭の中で理性の糸がプツッと切れ、私は思いっきり怒鳴り返す。
「だから、嘘じゃないって言ってるでしょ!」
次の瞬間、体から例の『黒い光』が溢れだした。
その時、なんとなくだが、悟る。
……もしかしてこの『黒い光』、私の激しい怒りの感情にあわせて、出てくるのかも。
『黒い光』は、乱れ、うねり、一筋の太い収束体となって、受付さんに襲い掛かろうとする。……いやいやいや! それは駄目でしょ! いくら嘘つき呼ばわりされて頭に来たからって、人間を消滅させていいわけがない。
私は理性の力で、『私の怒りの具現化』ともいえる『黒い光』の進行方向を捻じ曲げようとした。すると、『黒い光』はバナナのようなカーブを描き、受付さんの鼻先をかすめ、偽ヘルハウンドに直撃する。
そして、偽ヘルハウンドは跡形もなく消滅した。
ふぅ、危ない危ない。
この『黒い光』はたぶん、私の怒り――というか、昂った感情が、破壊のエネルギーとなって具現化したものだから、意思の力でなんとかコントロールできるんじゃないかとは思ったけど、上手くいって良かったわ。
受付さんは、偽ヘルハウンドの消滅から数秒遅れて、ぺたんと尻もちをつく。どうやら、腰が抜けてしまったらしい。『ほら、嘘じゃなかったでしょ』と、ふんぞり返ってやるつもりだったが、白蝋のように青ざめた彼女の顔を見て、その気も失せてしまった。
私は彼女に手を差し伸べ、言う。
「大丈夫? 立てる?」
受付さんは小さく頷くと、案外素直に私の手を取り、立ち上がった。
それから、かすかに震える唇で、問いかけてくる。
「い、今の、何……? あなた、何したの……?」
「いや、だから最初に言ったでしょ。『ヘルハウンドを一瞬で消し去れる魔法』が使えるって。それを実演しただけよ」
あっけらかんと答える私に、受付さんは声を張り上げた。
どうやらこの人、興奮すると声が大きくなるタイプらしい。
「そんな魔法、この世に存在しないわ! 完全な破壊のためだけのエネルギーで対象を消滅させる、火水土風――四大元素のどの気配も感じない魔法なんて、ありえない!」
「存在しないって言われても……現に、あなたの作った小さなヘルハウンド、消滅しちゃったじゃない」
「だから、今の力は魔法じゃないって言ってるの!」
「いちいち怒鳴らないでよ……じゃあ、今私が使った力って、いったいなんなの?」
「こっちが聞きたいわよ!」
う、うるさいなあこの人。見た感じは、落ち着いた雰囲気のお姉さんなのに、子供みたいに叫んで。……しかし、魔法に関してはかなり詳しい人みたいね。専門家かしら?
その専門家が、私の使った力を魔法じゃないというのなら、まあ、魔法じゃないのだろう。でも、その場合、私の市民権取得はどうなるんだろう?
門番の兵士さんの話では、『魔法使いは貴重だから、簡単に市民権が貰える』とのことだったが、私の使ったのが魔法じゃないのなら、私は魔法使いではなく、意味不明な力を行使する、謎の破壊能力者だということになる。
……もし私がこの国の偉い人なら、そんな危険人物に市民権を与えたりしない。それどころか、役所で危険な力を使った罰として、逮捕しちゃうかもしれない。
そんなことを思っていると、やはりと言うべきか、いつの間にか私は、武装した兵士に囲まれていた。兵士たちのリーダーと思しき屈強な青年が、良く通る凛々しい声で言う。
「役所での破壊行為は、いかなる理由があろうと禁止されている! 事情を聞きたいので、私たちに同行してもらう!」
ああ……やっぱりこうなるのね。
逮捕という文言は出なかったが、これはまあ、逮捕だろう。
『役所での破壊行為は、いかなる理由があろうと禁止』――おっしゃるとおりである。誰にも怪我はさせていないが、売り言葉に買い言葉で危険な力を使ったことを責められれば、素直に従うほかない。
しかし、私を責めるなら、散々こっちをなじった受付さんも責めてほしいものだ。そう私が思うのとほとんど同時に、兵士のリーダーは、受付さんに厳しい視線を向けた。
「メリンダ、お前、また魔法のことで、市民権希望者を煽るようなことを言ったんだな」




