第6話
しかし、それは今、心配することではない。
私は中に入り、受付の女の人に『市民権を得たい』旨を伝えた。
受付の人は、「かしこまりました」と言い、何かの書類を用意すると、問いかけてくる。
「では、まずお名前を教えてください」
「あ、はい。黒木真理矢です」
「クロキマリヤさん、ですね」
「あ、いえ、その、繋げて読むんじゃなくて、黒木が姓、真理矢が名です」
「せい……? めい……? 名前が二つあるのですか? めずらしいですね。登録できる名前は一つだけなので、どちらかに決めてほしいのですが」
ふぬぬ。
もしかして、この世界の人々には、姓名という概念がないのかしら。
じゃあまあ、郷に入っては郷に従えということで……
「それじゃ、マリヤでお願いします」
「はい、マリヤさん、ですね。それでは、面接を始めます」
いきなり!? 個室とかに行かないで、こんな、他にも人がいるような場所で、それも受付のお姉さんが、面接するの!?
と、まあ、少々焦ったが、役所が閉じるまで、もうあまり時間がないようなので、余計な手続きなしで面接を始めてくれるのは、こっちにとってはありがたいことだ。私は一度咳払いして、「はい」と頷いた。
「では、マリヤさん。あなたは何ができますか?」
おおう。
単刀直入ね。
持って回ったような聞き方をしてくるいやらしい面接よりずっといいわ。
「えっと、魔法が使えます」
「どのような魔法ですか?」
ちょっと考えて、素直に、ありのままを述べる。
「ヘルハウンド三頭くらいなら、一瞬で消し去れる魔法です」
そこで突然、淡々と事務的な対応をしていた受付さんの顔に、苛立ちが浮かんだ。彼女は小さくため息を漏らすと、眉間に寄った皺を揉みほぐし、言う。
「市民権を得るために、自分を大きく評価してもらいたい気持ちはわかりますが、あまり非現実的なことを言うものではありませんよ。こちらも、戯言に付き合っているほど暇ではないので」
むっ。
戯言とは何よ、戯言とは。
私の憮然とした表情に、ますます苛立ったのか、受付さんはもう、不快感を隠すつもりもない感じで、言葉を紡いでいく。
「ヘルハウンドは、かなり厄介な魔物です。高位の魔法使いが二人がかりで戦っても、一匹仕留めるのにもの凄く苦労するんですよ。それを、三頭を一瞬で消し去るだなんて、子供だってもう少しまともな嘘をつきます。自己アピールをしたいなら、もう少し頭を使ってくださいね」
むかむかっ。
何よ、その言い方。
売り言葉に買い言葉。
頭に血が上った私は、眉を吊り上げて言い返す。
「嘘じゃないわよ。なんなら、今ここで実演して見せましょうか?」
と言っても、当然ここにヘルハウンドはいないので、実演しようがないのだが。しかし、受付さんは「わかりました。では見せてもらいましょう」と言い、立ち上がる。それから、聞いたこともないような言葉を、歌うように唱えた。
するといきなり、目の前にヘルハウンドが現れた。
突然の怪物の出現に、役所のホールで、何かの順番待ちをしていた人たちが、悲鳴を上げる。……悲鳴をあげたいのは私も同じだが、本当にいきなりの事態すぎて、驚くべきなのか、怖がるべきなのか迷い、結果、黙ってしまった。
受付さんはそんな私を見て、少しだけ感心した声を上げる。
「へえ、『これ』を見たら、泣いて逃げ出すかと思ったけど、小娘のくせに、度胸だけはあるみたいね」
口調が、先程までの丁寧で事務的なものと、一変していた。
私も彼女に倣い、敬語を捨てて、問いかける。
「これ、なに? 本物のヘルハウンドじゃないわよね。本物は、もっと大きいし、臭いもの」
ホランドさんと共に遭遇したヘルハウンドは体長三メートル以上はあったが、今目の前にいる『これ』は、せいぜいが、一メートルあるかないかと言ったところだ。……それでも、牙を剥いて威嚇する迫力はかなりのものだが。
受付さんは、鼻で笑い、言う。
「これは、私の具現化魔法で作り出した、ヘルハウンドの模造品よ。大きさも戦闘力も三分の一以下だけど、そこら辺の雑魚モンスターよりは遥かに強力よ。ほら、できるもんなら、消滅させてみなさいよ。魔法の実演、見せてくれるんでしょう?」
具現化魔法……そんなのあるんだ。
この受付さん、実は凄い魔法使いか何かなんだろうか。
しかし、困った。
『消滅させてみなさいよ』と言われても、どうやったらまた、あの『黒い光』が出るのか、今の私には手掛かりさえもない。
しばらく黙ったままの私を見て、受付さんは勝ち誇ったように言う。
「ほら、やっぱりできないんじゃない。……私、あなたみたいに、できもしない魔法を、平然とできるって言っちゃうような人、大っ嫌い。あなたみたいな人がいるから、魔法使い全体が悪く言われたりするのよ! 嘘つき! 恥を知りなさい!」
な、なによなによ。
この人、怒鳴ってるうちに、どんどん興奮してきてない?




