第5話
「いやいや、礼にはおよばないよ。と言うか、むしろこっちがお礼を言いたいくらいだよ」
「えっ、なんでです?」
「だって、僕一人だったら、またヘルハウンドが出たら、何もできずに殺されちゃうじゃないか。その点、マリヤさんがいれば安心だからね。おかげで、のんびりした気持ちで馬車を走らせることができたよ」
「あはは……私、自由自在に魔法を使えるわけじゃないから、もう一度ヘルハウンドに襲われてたら、今度はどうなってたか分からないですけどね」
「まあ、何にせよ無事にパーミルに着けたんだから、いいじゃないか。さて、僕はこの後、パーミルの商人たちの元締めに、色々と報告しなきゃいけないから、ここでお別れだ。しばらくはずっと町にいるつもりだから、何か困ったことがあったら、パーミル商人ギルドに来てよ。できる限り、相談には乗るからさ。それじゃ!」
そう言うとホランドさんは、風のように馬車を走らせ、去って行った。
見知らぬ土地で、一人ぽつんと取り残されると、なんだか急に心細くなってくる。私は改めて、パーミル王国の壁門を見た。
……なんかちっちゃいな、この壁。オルソン聖王国の巨大な外壁と比べると、明らかに半分以下の高さしかない。他国に攻め込まれたりすることを、あまり考えていないのだろうか?
しかしまあ、今はパーミルの国防事情より、自分のことだ。
とりあえず今夜、眠るところを探さないと。
ホランドさんの話では、お金がない旅人でも、無償で泊まれる施設があるらしい(彼もパーミルに来たばかりの頃、よく利用したそうだ)。今晩はそこに厄介になるつもりだ。私は大きく開かれた門の番をしている兵士さんに、道を尋ねることにした。
「あの、すいません。タダで泊まれる宿があるって聞いたんですけど、町のどのあたりにあるか、分かりますか?」
「ん? あんた、随分情報が古いね。今はもう、そんなのないよ」
「え゛っ!?」
「優しい王様が、貧しい移民や旅人のために作ってあげた宿のことだろ? いや、ちょっと前まではあったんだけどね。ほら、誰でも泊まれるから、その分、問題を起こす奴も多くてね。王子様の鶴の一声で廃止になったんだよ。まあ、治安維持の為には、その方がいいと俺も思うね」
ガーンだわ。
いきなり宿の当てがなくなってしまった。
見た限り、治安の良さそうな国ではあるけど、さすがに女一人で野宿は危険すぎるだろう。どうしたものかと悩んでいると、門番の兵士さんが問いかけてきた。
「あんた、泊まるところがないのか?」
「はい……ちなみにお金もありません……」
「金のない旅人か……追剥にでもやられたのか? いや、いい。何も言わなくていい。若い女が金も持たずに一人旅だなんて、きっと、辛いことがあったんだろう。俺はこれでもデリカシーのある方だ。これ以上何も聞かない。そうかそうか、大変だったな」
確かにつらいことは色々あったが、何か、重大な勘違いされてる気がする。しかし、親切そうな人ではあるので、私はこの兵士さんに、今後の行動について相談することにした。
「あの、今からでも、どこかで働いて、今晩の宿代くらいは稼げないでしょうか?」
「それは難しいな。よっぽど人手が足りてないところじゃなきゃ、市民権を持ってない者を、たとえ臨時でも雇ったりはしない。……あんた、このパーミルには、旅の途中で立ち寄っただけなのか? それとも、定住する気があるのか?」
「できれば、定住したいと思ってます」
「そうか。なら話は早い。今から大急ぎで役所に行って、二級市民の資格を貰ってきなよ。この時間なら、まだ審査してくれるはずだ。えっと、あんた、魔法使いっぽい服着てるから、何かの魔法が使えるんだろ?」
「い、一応……」
「なら大丈夫だ。魔法使いは貴重だからな。試験官に才能を見せてやれば、すぐ市民権が貰えるよ。そして、市民となれば、どこかの宿屋か飯屋が、住み込みで雇ってくれるだろう。さあ、あと三十分くらいで役所が閉じちまうぞ。ほら、急いだ急いだ」
自由自在に魔法が使えるわけではないので、少しだけ迷ったが、兵士さんに急かされて、私は覚悟を決めた。どっちにしろ、挑戦してみるしかないもんね。こうなったら当たって砕けろよ。
私はふんすと気合を込め、兵士さんにお礼を言い、教えてもらった役所へ向かった。
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「変な建物……」
兵士さんが『役所』と呼んでいたので、日本の官公庁的な、整然とした建物を想像していた私は、実際のパーミル役所を見て、思わずそう呟いた。
丸やら四角やら、多種多様な建造物がごちゃごちゃに組み合わさったその姿は、まるで子供が適当に作った積み木の家だ。バランスも悪く、大きめな地震がきたら、一発で倒壊しそうである。




