第60話
「どうしたの? 今やらなければ、わたくしはまた知恵を絞り、あなたを殺すチャンスを伺うわ。さあ、やりなさい。わたくしたちの因縁、今日で終わりにしましょう。それとも、まだ……」
「あなたも、かわいそうな人だ」
ポツリと、小石でも落とすみたいに、ジェロームがつぶやいた。
その言葉で、リザベルトが不愉快そうに眉をひそめた。
いつも優美なリザベルトのそんな表情を見るのは、初めてのことだった。
「わたくしがかわいそう? 何を言っているの?」
「リザベルト様。あなたはもはや、自分自身の幸福を追いかける意志など微塵もなく、パーミルを守るという妄執にのみ取り憑かれている。あなたにだって昔は、人並みの夢や希望があったでしょうに。あなたは死ぬこともまったく恐れず……いえ、むしろ死にたがっているようにすら見えます」
「何を、何を言っているの? かわいそうなのは、殺されたあなたの母親の方でしょ? わたくしに、そんな憐れみの目を向けるのはやめなさい!」
「いいえ。かわいそうなのは、あなたの方です。……今なら、冷静に語ることができる。私の母は、あなたの温情を裏切り、国を乗っ取るつもりでいた。殺されても当然です。そして、私の母を殺した罪悪感で、パーミルを守るというあなたの執念は、より強いものとなった。まるで、解けることのない呪いのように……」
「うっ……」
「ショックだったのでしょう? 自分を受け入れてくれたパーミル。そのパーミルの民である医師と祈祷師が、くだらない野心で国を乗っ取ろうとしたことが。ショックだったのでしょう? 慈悲の心で許した私の母が、息子を使って、今度は誰に命じられたわけでもなく、自分の意思であなたを追い落とし、太后になろうとしたことが」
「う、ぐ、うっ……」
リザベルトの表情が、痛々しいほどに歪んだ。
超然として見えたリザベルトも、その内心は、ボロボロに傷ついていたのだろう。だから、唯一の誇りと言ってもいいパーミルを守ることのみに執着したのね。
「私もショックだった。妾の子である私と姉上にも、実子と変わりなく接してくれていたあなたが母を殺し、私たち姉弟を簒奪者の子と蔑んだことが。……分をわきまえさせようとするあなたの真意を悟りながらも、寂しく、悲しかった。その孤独が、私の心に、粘着質の泥のような劣等感を植え付け、今日に至った……」
「…………」
「私たちは、どこで道を間違えてしまったのでしょう。悲しいことに、初めからいびつな関係ではありましたが、それでもきっと、もっと上手くつきあえたはずなのに……」
「そう……ね。そうかもしれないわね……」
「クーデターの旗頭として私に願いをかけた重臣、将校たちも、根っこを見れば皆悲しい。国に尽くす思いは同じであったのに、道をたがえ、今は絶望している。そういった者たちを処刑し、血と暴力で反王政派を排除しても、結局は同じことが繰り返されるのかもしれません。上辺だけは、問題のない平和な国の皮を被りながら……」
「では、どうすればいいと言うの?」
ジェロームは、静かに首を左右に振った。
「わかりません。だからこそ私たちは、新しい王の元で、新しい道を探っていくべきなのかもしれません。……リザベルト様、あなたが私を――そして、クーデターに加わろうとしたものたちを、生かしてくれるのであれば」
「残念だけど、まったくのお咎めなしと言うわけにはいかないわ。未遂とはいえ、クーデターを計画して何の罰もなければ、示しがつかない。それはわかるでしょう?」
「もちろんです」
「……でも、血の粛清はもうたくさんだわ。エリウッドや大臣たちとも相談して、なんとか惨い結末にはならないように考慮しましょう」
「リザベルト様……」
「ジェローム。わたくしは、今でもあなたの母親のことをよく夢に見るわ。夢の中の彼女はいつも笑っているのに、最後は血濡れで終わる。目覚めたわたくしは、酷い罪悪感にうなされるの。あの時も、彼女を殺す以外の道を見つけることができたらどんなに良かっただろうって、いつも思う」
「そう言っていただけると、私も救われます。王宮で母のことを語るのも禁じたのも、母との思い出がよみがえるのがつらかったからなのですね」
「ええ……陰惨な結末を迎え、楽しかった思い出も、すべて悲しく、血塗られたものになってしまった。きっとわたくしは、間違ったのね。正しい決断だったなら、こんなに長い間、苦しむはずがないもの」
リザベルトはそう言って、顔を伏せた。雲の合間からわずかに差し込んだ月明かりが、彼女の目尻に浮かんだ涙を一瞬だけ照らした。
「わたくしたちはお互いに間違いを犯したけど、その間違いを許し合い、一緒にエリウッドを盛り立てていくことこそか、贖罪の道かもしれないわね。……ジェローム、あなたの母を殺したわたくしを、そして、あなたを殺そうとしたわたくしを……あなたは許してくれる……?」
不安げなその問いに、ジェロームは力強く頷いた。
そして二人は、手を取り合う。
長く続いた因縁が、消え去った瞬間だった。
夜空はいまだに雲だらけではあったが、かすかながらも力強い月の光が、パーミル王国を優しく照らしているようだった。




