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黒聖女の成り上がり~髪が黒いだけで国から追放されたので、隣の国で聖女やります~  作者: 小平ニコ


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第59話

「マリヤちゃん、驚いた? わたくし、これでも結構魔法は得意でね。高等魔法の空中浮遊ができるのよ。もっとも、高速で飛んだりするのは不可能だけどね」


 そんなことは、どうでもよかった。

 私は、体と同様に震える唇で問う。


「リ、リザベルト様……どうしてこんな……」


「ごめんね、マリヤちゃんのことを信頼してないわけじゃないけど、きっと、あなたにはジェロームを殺せないと思ってたの。マリヤちゃん、優しいからね。だから二段構えの作戦として、気配を隠す魔法のローブをまとい、必殺の自動追尾ボウガンを構え、闇の中、ふわふわと待機してたってわけ」


 リザベルトは矢のなくなったボウガンを構え、片目をつぶり、悪戯っぽく引き金を引くようなジェスチャーをした。


「でも、さすがジェロームね。惚れた女と二人っきりだって言うのに、なかなか隙を見せないから焦ったわ。でも、自らの抱えていたコンプレックスを認め、感極まった瞬間、一気に無防備になった。あれでは、パーミルいちの達人もどうしようもないわね。うふふ」


 その楽しげな様子に、私は激昂した。


「なんてことを! ジェロームは考えを改めて、もうクーデターを起こす気なんてなかったのに!」


 自然と、破壊の力の具現である『黒い光』が全身から溢れだす。それは、夜の闇よりなお暗く、私の周囲で唸りを上げていた。だがリザベルトは、少しもひるむことなく、平然と言葉を紡いでいく。


「今起こす気がなくても、一ヶ月後はどうかしら? 二ヶ月後はどうかしら? 半年後は? 一年後は? とてもじゃないけど、信頼できないわ。人の心は時と共に移り変わるものよ。その子の母親みたいにね」


 それはそうかもしれない。

 理屈としては正しいのかもしれない。


 しかし私の感情は、納得することを拒んだ。


「許せない……!」


 私の怒りの感情そのものと言ってもいい『黒い光』の束は八つに分かれ、ヤマタノオロチのごとく鎌首をもたげる。その八つの先端は、すべてリザベルトの方を向いていた。


 まるで、殺意の具現化。


 しかし、それでもなお、リザベルトは平然としていた。いや、『平然と』どころか、ずっと待ち焦がれていた恋人に出会ったかのような、安らいだ表情にすら見える。


 リザベルトは、初めて出会ったときのような神々しい微笑で語り始める。


「その破壊の力でわたくしを殺すの? 構わないわよ。後顧の憂いは消えた。もう、反王政派はクーデターを起こせない。無理に争いを起こそうとしても、エリウッドの後釜に据えるためのジェロームがいなければ、ただの卑しい反逆となり、絶対に失敗する。『より優れた王族が国を率いるため』という大義名分が立たないからね」


 相変わらず雲にまみれた暗い夜空を仰ぎ、すべてをやり切ったという顔で、リザベルトは話し続ける。


「これで、わたくしのすべきことは終わったわ。後は、王としての資質に目覚めたエリウッドが、すべてを良い方向に導いてくれる。マリヤちゃん、これからはわたくしの代わりにあなたがエリウッドを助けてあげてね。さあ、もう思い残すことも、言い残したことも何ひとつないわ。遠慮なくやってちょうだい」


 言いきってから、リザベルトは『黒い光』を指さした。

 その人差し指を、今度は自分の鼻先に突きつける。


『早く殺して』


 そう主張しているのだ。


 なんて人なの。

 この人は、パーミルの安定した存続以外には、本当に何の興味もない。


 自分の命さえも。


 その超然とした姿に圧倒されながらも、私の怒りは収まらなかった。


 たぶん私は、今日初めて、人を殺す。


 もう、自分で自分の気持ちを静めることができない。


 今まさに、『黒い光』がリザベルトに襲い掛かろうとした刹那。


 私の腕に、誰かの腕がそっと触れた。


 それは、慰めるような、諫めるような、そういう手だった。


「マリヤ様、お気を確かに。ゆっくり呼吸をして、心を落ち着けるのです」


 なんとそれは、ジェロームだった。


 ジェロームは、貫かれた左胸を押さえながら、私に心配をかけないように微笑を浮かべている。ジェロームが生きていたことで、怒りよりも安堵が勝った私の周囲から、『黒い光』は煙のように霧散した。


 驚いたのは、リザベルトも同じだった。

 顔色を変え、後ずさりながら言う。


「ど、どうして……確実に心臓を貫いたはずなのに……」


 ジェロームは小さく息を吐き、その問いに答えた。


「心臓はもう少し右ですよ。ギリギリですが、急所は外れていたんです。唸りを上げて矢が飛んでくる音で、兵器開発部門特製の自動追尾ボウガンだとすぐに気が付きました。しかし、もう回避は間に合わない。だから、全身の神経を集中させて、矢が刺さる瞬間に、少しだけ体をずらしたんです。あと一瞬反応が遅れていれば即死でした」


 凄まじい答えだった。

 達人というか、もはや超人の域だろう。


 リザベルトは呆れたような顔で、諦めの笑いを浮かべた。


「ふ、ふふっ……そんな無茶な方法で致命傷を避けるなんて、参ったわ。わたくしの負けね。さあどうする? 剣は持ってないみたいだけど、あなたなら、その逞しい腕でわたくしの首をへし折ることくらい造作もないでしょう? 良かったわね、ジェローム。母親を殺された恨みを晴らす機会が、とうとうやってきたのよ」


「…………」

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